風の吹く屋上
第7話
学校の屋上に出たのは初めてだった。
立ち入り禁止ではないけど、いつも鍵が掛かっているという噂だ。
噂は噂に過ぎないのだと納得しながら、わたしは寝転ぶ彼のとこまで歩いて行った。
「柴田くん」
隣にしゃがんで声を掛けると彼はうっすらと目を開ける。
「おはよう」
「今何時?」
「夕方の5時。もう授業も全部終わったよ」
柴田架は「マジか」と呟いたが、起きる気配はない。
仕方なくわたしは腰を下ろした。
明日から頼む、とお願いされたのは昨日の放課後のことだ。
今日は朝から彼の姿が見えなかったけど、昨日のことを思い出すと少し可哀想で、放課後まで関わらないであげたのだ。
「屋上って鍵掛かってないんだね」
「掛かってるよ」
「じゃあ何で?」
「俺が勝手にマスターキー作ったから」
成る程、と納得した。
教師の弟は色々とできることが多いらしい。
「日焼けしそう」
「来なければいいじゃん」
「一応色々と要望を聞いてもらってるから来ないわけにはいかなくて。でも今日は一日中探したけど見当たらなくて放課後やっと屋上で発見しました、っていう設定」
「賢いな」
話せば話すほど、柴田架は普通の人だと分かってくる。
もう怖いと思うこともなかった。
わたしは手で傘を作りながら日差しを防ぐ。
「あ、飛行機雲だ」
「そんなの、珍しくないだろ」
「そうだけど」
何にも遮られずに、ただ広い青空が目の前に広がっている。
風が気持ち良かった。
彼が屋上に入り浸る気持ちがよく分かる。
「帰らないの?」
「あと五分だけ」
「そう言って五分後にも同じこと言うパターンでしょ」
「うん」
グラウンドから誰かの笑い声が聞こえた。
のどかだな、と春の風を感じながら思う。
自分だけ帰る気にもならず、わたしは彼が起きるまで隣で待つことにした。
「よく受けたよな」
目を瞑っている彼が、口を開く。
「世話係の話?」
「だって普通、嫌じゃね?」
そう尋ねられて、わたしは言葉に詰まった。
嫌なのは確かだ。
だけどメリットもそれなりにある。
そうじゃなければ受けていない。
「柴田先生が格好いいから」
「超単純じゃん」
彼は笑いながら起き上がった。
わたしは腕時計を見る。
「まだ五分経ってないよ」
「もういいや。帰る」
わたしも立ち上がって鞄を持つと、彼の少し後ろをついていく。
「今日は勉強しないからな」
「うん、いいよ」
わたしの返事を聞いてから、柴田架は思い切り伸びをした。
金髪に太陽の光が反射して眩しい。
「ねえ、一つだけいい?」
「何?」
「呼び方のことなんだけど。柴田くんっていう呼び方、柴田先生と混合するから名前で呼んじゃダメ?」
「ああ、お前はあいつのこと朋希って呼ぶわけにもいかないしな。別にいいよ」
「じゃあ、これからは架くんと呼ばせていただきます」
わたしがそう言うと、彼は出口の手前で足を止めた。
必然的にわたしも立ち止まることになる。
「吉岡って下の名前何だっけ? ごめん、そこまで覚えるほど教室にいないから」
「別に覚えなくてもいいよ。吉岡美晴です」
「美晴」
柴田先生より低い、耳に心地良い声だ。
好きだな、この声。
先生の声も好きだけど。
やっぱり血は争えないと思った。
「多分覚えた」
「それはどうも」
屋上を出て階段を下りると、二人で廊下を歩く。
他に人影はなかった。
そのまま更に階段を下りて靴箱のところまで来ると、さすがに人がいる。
「吉岡」
架くんはわたしのことを振り返ると目を見て言った。
「面倒臭いなら俺のこと放っててもお前の責任にはなんないよ」
わたしのことを気遣ってくれているのか、本当は自分が面倒臭いのか。
半々くらいだと予想する。
「うん、ありがとう」
微笑むと、彼は手を振って歩いて行った。
わたしは後を追いかけず、彼が外に出たのを確認してから、自分の靴箱へと歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます