おおきにと、別れ際に少年は言う

刎ネ魚

第一部 薫る古都にて少年は言う(1-1)


「おおきに」

 柿葺き屋根に木組みの透かし戸が瀟洒しょうしゃな門扉の前に着くと、蝶乃ちょうのは着物の袖をひらりと翻して振り返り、軽く腰を折って会釈してから、そう言ってふわと微笑んだ。

 少年の別れ際の挨拶は大抵これである。

 関西方言といわれるもので、蝶乃の家はこれを使うのが慣わしだ。かつての上方、近畿地方辺りの訛りらしいが、どこまで正確かは不明である。それらの文化は失われて久しい。ここ伝統文化保護都市――通称『古都』でも、それを用いるのは彼の家のみとなっている。

 華やぎつつも奥ゆかしく、物柔らかで、けれど女々しくはないこの言葉遣いをはやては気に入っている。

「うん、またね」

 くぐり戸を抜ける背中に手を振って、颯は少年と別れを告げた。

 彼らは家の近い幼馴染である。

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