第42話
離れたくなくて、ずっと抱き合っていた。
会えなかった時間を埋めるように、ぎゅっとくっついている。
「絵馬、見たよ」
「ああ、初詣の時のですね」
「君の願いは、自分自身で叶えたね」
咲彩先輩が、幸せでありますように。
空の願いは、今叶ったところだ。
「先輩は今、幸せなんですか?」
「うん」
空にまた会えて、好きだと伝えられて、彼からも好きだと言ってもらえた。
こんなに幸せなことがあるだろうか。
「僕も、先輩の絵馬見ました」
「そっか」
「自分があんなこと書いたから、もしかしたら先輩も僕のこと書いてくれたんじゃないかと期待して、探したんです」
「どうだった?」
空が、大学に無事に受かりますように。
わたしの願いも叶ったようだ。
「ありがとうございました。まさか、本当に僕のこと書いてくれてるとは思わなかった」
「合格おめでとう」
「咲彩先輩の、お陰ですね」
彼が笑うから、わたしもつられて笑顔になる。
「あ!」
その瞬間、わたしはあることを思い出して、勢いよく空から離れた。
彼は不思議そうな顔をして固まっている。
「あんた、あの時、女の子と腕組んで歩いてた」
「え?」
「だから、散々泣いたのに」
「先輩、僕のために泣いてくれたんですか?」
「話をそらさない!」
もう一度わたしを抱きしめようとする彼の腕を振り払った。
仕方なく、空はしばらく考え込む。
「身に覚えがないんですけど」
「最低だ」
「だって、あの日はずっと家族と一緒にいたんですもん」
だけど、わたしは間違いなく見た。
そこで彼は思い出したように言う。
「もしかして、姉ちゃん?」
「……嘘」
「あの日、先輩と目が合いましたよね」
「うん、その時に腕組んでたでしょう」
「あの時、確か姉ちゃんに急かされて一瞬目を離した隙に、先輩がいなくなっちゃってたんです。根に持ってるので覚えてます」
多分、その時で間違いないだろう。
もし彼の言っていることが間違っていないなら、わたしはとんだ勘違いをして、大泣きしたことになる。
「でも、似てなかった」
「下の姉ちゃんです。言いませんでした? 下の姉ちゃんとは似てないって」
そう言えば、そんなようなことを言っていたような気もする。
馬鹿みたいだ。
わたしは恥ずかしくなって、顔を真っ赤にしながら俯く。
顔を隠したいのに、空はわざわざ覗き込んできた。
「解決しました?」
「……うん」
「良かった」
空はわたしの頬の涙の跡を親指で撫でると、そっと額にキスを落とした。
突然のことで、わたしは固まってしまう。
「なんか、やっぱり、女慣れしてる?」
「えー、まだそのこと疑ってるんですか?」
今度は頬にキスが落ちる。
さっきから心臓がうるさい。
「僕のことを、信じてください」
空はわたしの耳許に唇を寄せて囁いた。
「僕には咲彩先輩だけですよ」
つむじから爪先まで真っ赤になった。
そんなわたしを見て、彼が笑う。
「可愛い」
「ふざけないで」
「大真面目です」
顔が近づいて来て、一瞬だけ唇が触れ合った。
「合格のご褒美に、これくらいは許されますよね」
空はいたずらっ子のように笑う。
ふざけるな、と思った。
わたしは彼の襟をつかむと、自分の方からキスをした。
空とのキスの思い出は、あまりにも苦すぎる。
だからあんなに短いキスじゃ上書きできない。
「このくらいじゃないと、ご褒美にはならないんじゃない?」
「先輩、こんなこと誰に仕込まれたんですか。随分と男前になりましたね」
彼は耳まで真っ赤だった。
やり返してやったようで、気分がいい。
「だけどカッコいいところは全部僕に譲ってくれないと困ります」
ぎゅっと強く抱きしめられる。
可愛いな、と思う。
だけど大丈夫、君はそのままでも十分カッコいいよ。
今からこんなに幸せで、この先わたしは生きていけるのだろうか。
「そうだ。服、置いて行ったでしょう。あれ、返す」
「捨てて良かったのに」
「返すっていう名目がないと、会いに行けないと思ったの」
そう言うと、頬にキスをされる。
どうやら彼はキス魔らしい。
今までよく我慢してくれていたな、逆に感心してしまう。
「それを、返してくれるんですか」
「理由がないのに会いに行っちゃいけない? 君も会いに来てはくれないの?」
わたしの言葉に、空は一気に表情を明るくさせた。
「ううん、いつでも会いに来てください。僕も会いに行きます」
やっと、終わった。
これでやっと、暗い冬に終わりを告げられる。
「知ってるでしょう。俺は打たれ強い男なんです」
「うん、知ってる」
あんなに苦しい思いをしたんだから、今これだけ幸せでも許されるだろう。
わたしはもう一度、背伸びをして空の唇にキスをした。
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