冬の終わり
第41話
空に片想いを始めて、二ヶ月が経った。
初詣の時以来、空のことは見掛けていない。
もうとっくに大学の入試試験は終わっている。
三月になって、卒業式も終わったはずだ。
そろそろ、合格発表の時期だろうか。
そんなことを考えながら、わたしは帰り道を歩いていた。
今日は朝からアルバイトだった。
その代わりに昼で終わるシフトだったのだ。
もう春になるというのに、風はまだまだ冷たい。
早く暖かい家に帰りたくて、早足で歩く。
家が見えてくると、門の前に誰かが座っているのが見えた。
誰だろう、とわたしは歩くペースを速める。
そして誰なのか分かった時、足を止めた。
「おかえりなさい、先輩」
わたしを見つけた空は、立ち上がってわたしに微笑みかける。
「それと、お久しぶりです」
鼻が赤くなっていた。
まだ外は寒いのに、一体どれくらいここにいたのだろうか。
「どうして、いるの」
やっと出てきた声は、少し震えていた。
久しぶりに会った空に、脳の処理能力が追い付かない。
「突然押しかけてすみません」
彼とわたしの間には少し距離がある。
でも空は、その距離を詰めてこようとはしなかった。
「大学、合格しました」
空の言葉に、わたしは思わずほっと息をついた。
ずっと祈っていたことだった。
彼が志望校に受かるように。
学校で彼に会えるように。
「これで、春から同じ大学生です」
「うん、おめでとう」
そう言って微笑みかけると、空も安堵したように顔を緩めた。
「すみません。忘れるって言ったのに、一番最初に先輩に伝えたくなっちゃって」
それは、わたしを忘れられなかったということだろうか。
今でも、わたしのことが好きだと言うことだろうか。
まだわたしだけを、好きでいてくれたらいいのに。
わたしがそう思っていると、彼は困ったように笑う。
「咲彩先輩は、やっぱり綺麗ですね」
その言葉に我慢できなくなって、わたしは空の胸に飛び込んだ。
彼の困惑したような声が頭上で聞こえる。
ぎゅっと抱きつくと、涙腺が緩んだ。
あれだけ恋しかった空が、今目の前にいる。
「あんたのせいで、小鳥遊先輩と別れた」
「え?」
「あの人だと、何かが違ったの。わたしが一番しっくりくるのは空で、あんたと一緒にいたせいで、わたしはしっかりあんたに洗脳されちゃってたみたい」
わたしは少し体を離して、空の顔を見た。
空はぽかんと口を開けて、間抜け面をしている。
「空が好き」
驚いた顔をした彼の口が、ゆっくり「嘘だ」と動いた。
「いつの間にか、好きになってた。もうわたしは、空じゃなきゃ嫌だ」
また涙が溢れる。
もうわたしはすっかり泣き虫だ。
空のせいだ。
こいつがわたしを泣かせるのだ。
「僕が会いに来なかった間に、頭を強く打ったんですか?」
「きっとそうだね」
「なんで若干悔しそうなんですか」
やっと空が笑う。
その顔が見たかった。
つられてわたしも笑顔になると、空の腕がわたしの背中に回って、強く抱きしめられた。
「僕だって、咲彩先輩のこと少しも忘れられませんでした」
空の声が聞こえる。
空の体温を感じる。
急に愛しさが込み上げてきた。
「すごく会いたかったです」
会いに来てほしかった。
突き放したのはわたしの方だけど、ずっと会いたかった。
きっと、お互いに同じことを考えていた。
「やっぱり僕は、咲彩先輩のことが好きです。僕も、咲彩先輩じゃなきゃ嫌です」
その言葉を聞いて、余計に涙が止まらなくなった。
泣き顔を隠すために、彼の胸に顔を埋める。
「え、待って。これってドッキリとか、夢とかじゃありませんよね?あまりにも僕に都合が良すぎるんですけど」
「残念ながら現実だよ」
「いやいや、少しも残念じゃないですよ」
空がわたしの顔を見たがる。
だけどこんなぐしゃぐしゃの顔を好きな人には見られたくなくて、わたしは顔を背けた。
だけど結局、顔を両手で包むこむように捕まえられる。
「もう一回言ってください」
「何を」
「僕のこと好きだって。まだ、信じられないので」
人のことを、愛おしいと思うのは初めての経験だった。
空のことが好きだ。
そんなの、自分に言い聞かせなくても感情があふれ出てきてしまう。
好きで好きでどうしようもなくて、自分がどうしたらいいのか分からない。
「好きだよ、空」
「本当に?」
「うん、本当に」
空が泣きそうな顔で笑う。
だけど、あの時とは全然違う表情だった。
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