第40話

冬休みが明けて、学校が始まった。

クリスマスの日以来、海さんとは会っていないし、連絡も取っていなかった。

顔を合わせるのは気まずいけれど、面と向かって話さなければいけないことがある。


わたしは海さんが現れそうな場所で、彼のことを待った。

しばらくそこにいると、案の定、彼が現れる。

わたしのことを見つけて、気まずそうに視線を逸らす。


「海さん、おはようございます」

「おはよう、久しぶりだね。元気だった?」


それでも、わたしが話しかけると、ちゃんと微笑み返してくれた。

こういうところが、優しい人だと思う。


「お話したいことがあります」

「うん。そうだと思ったよ」


怒られても、文句は言えない。

ある程度、覚悟して来ていた。


それなのに、海さんの笑顔はクリスマスの前と変わらない。

多分、他の女の子はこういう人を好きになるんだと思う。


わたしたちは、彼から告白された時の空き教室に向かった。

ドアを閉めて、完全に二人きりになってから、わたしは口を開く。


「クリスマスの夜は、本当にすみませんでした」


深々と頭を下げると、彼が戸惑うのが分かった。


「いいよ、そんなに謝らなくても。俺も悪かったし。顔上げて?」


恐る恐る顔を上げると、海さんは困ったように笑っていた。

どこまでも、優しい人だ。


「咲彩ちゃんの話って、それだけじゃないよね。続きがあるんでしょ?」


海さんは、気付いている。

わたしが何を言おうとしているのか。

そして、その理由も、きっと気付いている。


「わたし、やっぱり海さんとは付き合えません」

「そっか」


別れを切り出すと、彼は動じることなく頷いた。

この人のためにも、わたしはもう流されたくなかった。


「好きな人が、できました」


好きな人がいるのに、別の人と付き合いたくはない。

わたしは、空だけを好きでいたかった。

それに、もうこれ以上、こんなわたしに海さんを縛り付けておきたくない。


「じゃあなんで告白を受け入れたんだ、っていう話なんですけど」


尻軽女は卒業だ。

これで今までのことが許されるわけではないけれど、これ以上続けたくない。


「わたしの身勝手で振り回してしまって、申し訳ありませんでした」

「ううん、いいよ」


わたしがもう一度頭を下げようとすると、海さんに止められた。

彼はまだ困ったように微笑んでいる。


「俺が、気持ちを押し付けちゃったのも悪かったし」

「わたしのこと、詰ってもいいですよ」

「そういう趣味はないんだ」


彼は近くの机に腰掛けると、窓の外を見た。

澄んだ青空に、鳥が飛んでいる。


「俺たちは、運命の相手とはちょっと違うみたいだ」


窓の外を見つめる彼の横顔を見つめながら、わたしは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「すみません」

「ううん、こればっかりは神様にしかどうしようも出来ないからね」


海さんがぽつりと呟いた。


「絵馬に書かれちゃ、負けだよ」


その言葉を聞いて、わたしは顔がカッと熱くなる。

何も考えずにあんな願いを書いたことを、今更後悔した。


「見たんですか?」

「偶然見つけたんだよ。空くんのを」


慌てだすわたしを見て、彼が笑う。


「それで、咲彩ちゃんのも探した」


馬鹿みたいに、お互いのことを願っていた。

恋人でもないくせに。

わたしは恥ずかしすぎて顔が上げられなくなった。


「俺は最初から、完敗だったんだよね」


やっぱり、海さんは気付いていたのだ。

きっと、最初から。


顔を上げて彼の顔を見ると、目が合った。


「俺も、彼と願いは同じだ。咲彩ちゃんに幸せになって欲しい」


彼は、ほんの少し悲しそうな顔をした。


「でも、幸せにするのは俺の役目じゃない」


海さんは腰を上げると、近付いて来て最後にわたしの頭をさらりと撫でた。


「ちゃんと、素直になるんだよ」

「ありがとうございます」

「いいえ」


部屋を出て行こうとする彼の背中を見送る。

そこで大事なことを思い出して、急いで呼び止めた。


「あの!」


振り返った海さんに、鞄から取り出した細長い箱を渡す。

彼からのクリスマスプレゼントだったものだ。


「失礼なことは分かっているんですが、これ返します」

「ああ、うん」

「一応、未開封です」


とてもじゃないけど、受け取れない。

貢がせるだけ貢がせておいてから捨てるような、嫌な女にはなりたくなかった。


「こんなことしておきながら言うのもおかしいと思うんですけど、海さんも幸せになってください」

「ありがとう」


どうして彼はわたしを好きになってくれたのだろう。

わたしなんかを、好きになってしまったのだろう。


「それじゃあ、行くね」

「はい」


彼には、わたしじゃない人を好きになって、幸せになってほしい。

これは、本心だ。


「さようなら、小鳥遊先輩」


扉が閉まる直前に呟いた言葉が、彼に届いたのかは分からなかった。

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