第39話

真希はわたしの涙が止まるまで待ってくれた。

ようやく落ち着いてからその場を離れて、真希の家に向かう。


「全部、洗いざらい吐いてもらおうか」


真希は少し怒っているようだった。

こたつで向かい合ってみかんを食べながら、全てを話した。


空が会いに来なくなっていたことと、その原因。

海さんとのデート中に偶然会ってしまったこと。

海さんと付き合ってからも、空のことが頭から離れないこと。

クリスマスの夜に、海さんのことを拒んでしまったこと。


彼女は驚きつつも、黙って最後まで聞いてくれた。


「そんなに色々あったんだ」

「黙っててごめん」

「ううん、いいよ。人にはプライバシーがあるもん。だけど一人で抱え込むのが辛かったら、いつでも相談してくれて良いんだからね?」

「うん、ありがとう」


わたしは、本当に良い友達を持ったと思う。

その事に感謝しながら、話を続けた。


「変だよね。空が誰と腕を組んでようがあいつの勝手だし、前ならそんなところを見ても、やっぱり軽い奴だったんだって軽蔑するだけなのに」


空の気持ちが嘘じゃないことは分かっている。

だけど、信じることにした後でも、彼が女慣れしていると感じたことは何度もあった。


「そもそもわたしは、あいつがわたしじゃない人を好きになることを望んでた」


わたしが、空を引き留める資格なんてない。

引き留めてほしいと言われても、振り払ったのはわたしだ。

だから、彼が他の女の子と腕を組んでいたくらいで、動揺してはいられない。


「それなのに、今はそれを見ただけで、心臓が抉られる」


引き留めておけば良かった。

あいつが他の女の子になんか目が行かないくらい惚れさせておけば良かった。

手放さなければ良かった。


今は後悔ばかりが押し寄せてきて、もうどうしようもない。

また泣き出しそうになるのをぐっと堪える。


今までは泣くことなんて無かった。

小さい頃、親に怒られて泣いたくらいだ。

それなのに、空と一緒に過ごすようになってから、泣きたくなることが増えた。


真希はティッシュボックスをわたしの前に置く。

有難く、それを一枚貰った。

わたしが息をつくと、真希は口を開いた。


「もし小鳥遊先輩が、咲彩以外の女と腕組んで歩いてたらどう思う?」


そう言われて、想像してみた。

想像するのは難くない。

海さんにだって仲の良い女友達はいるし、付き合う前は何度もそういうシーンを見掛けたことがある。


「軽いな、って」

「それだけ? 苦しくならない?」


それを見掛けても何とも思わなかった。

彼女なのかな、とチラッと思うだけだ。


「うん。ならないと思う」


今、海さんの恋人はわたしだ。

だけどやっぱり、何とも思わないとも思う。

今のような気持ちには、きっとならない。


「じゃあ、そういうのを見て苦しくなって悲しくなるのは、空くんだけなんだ?」

「そう、かな」


そう言われて、改めて思う。

わたしの心を揺さぶるのは空だけだ。

今までの彼氏でも、そんなことなかった。

どんなに優しい海さんでも駄目だ。


「ねえ、咲彩。その気持ちに名前があるんだけど、知ってる?」


空は、わたしのことを狂わせる。

わたしの知らないわたしを引き出す。

どうしてなのかは、分かっている。


「うん」


そう答えると、真希は微笑んだ。

彼女はわたしに二つ目のみかんを渡すと、自分も一つ取って皮を剥きだす。

何故だか嬉しそうだ。


「恋、だよ」


真希の口が紡いだ言葉は良く知っているはずなのに、何故か初めて知ったもののように感じた。


「分かってる」


わたしはいつの間にか、空に恋をしていた。

空のことを好きになっていた。


あいつと過ごした日々は、ただ楽しかっただけじゃない。

空と一緒にいたから楽しかった。

別の誰かと同じ場所で同じことをしても、あの時ほど楽しくなれない。


空じゃなきゃ嫌だ。

空が良い。


彼がわたしに宣言したように、わたしはあいつのことを好きになった。

でも、一緒にいた時はその気持ちが溶け込みすぎていて、気づけなかった。

失ってから気づく、なんてラブソングの歌詞みたいなこと、本当にあるんだ。


「尻軽女は、卒業しなきゃね」


真希の言葉に頷く。

自分の気持ちを自覚した今、ただ流される恋愛は終わらせなければいけなかった。

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