冬の半ば
第38話
海さんと気まずくなって、連絡も取っていないうちに、年が明けた。
何もかもやる気が起きなくて、家からも出なくないけれど、真希と初詣に行く約束をしていた。
約束は守らないといけない。
重い腰をやっとのことで上げて、わたしは外に出た。
迎えに来てくれた真希が、わたしの酷い顔を見て驚いたような顔をする。
「おはよう、咲彩。あけましておめでとう。今年もよろしく」
「……うん」
「何よ、そのテンションは」
「色々あって」
真希はそれ以上追求せずにいてくれた。
わたしたちは寒さに文句を言いながら、近所の神社へ向かう。
そこそこ大きな神社は、参拝客で溢れていた。
お参りを終えてから、おみくじを引く。
今年の運勢は吉だった。
特別良くも悪くもないけれど、恋愛面は運が良いようだ。
去年は年末にかけて散々だったから、今年こそは恋愛が上手くいくということなら有難い。
真希の運勢は凶で、怒り狂っていた。
その後に二人で絵馬を買って、願い事を書いた。
真希は「彼氏ができますように」と書いているのが見えた。
わたしは特に願うことがなかった。
しばらく考えてから、一つだけ思いついて、それを書いた。
空が、大学に無事に受かりますように。
絵馬を奉納してから帰ろうとすると、少し離れた場所に奉納してあった絵馬を見ていた真希に呼ばれる。
「咲彩、これ見て」
「人の願い事なんか見て楽しい?」
「いいから」
真希が指差している絵馬を覗き込む。
その願い事を読んで、思わず「あっ」と声をあげてしまった。
咲彩先輩が、幸せでありますように。
細い字で、そう書いてある。
意外にも達筆だ。
「願わくば僕が幸せに出来ますように、とでも続きそうな雰囲気ね」
空も、初詣に来ていたようだ。
お互いに、お互いのことを願って、馬鹿みたいだ。
彼は受験生なんだから、自分のことを願えばいいのに。
わたしがずっとその絵馬を見つめていると、隣に立っていた真希がふらりとどこかへ向かって歩き出す。
「甘酒貰ってくる」
「いってらっしゃい」
彼女が人ごみの中に消えていった。
わたしは人ごみから外れた場所に移動して、コートのポケットに冷え切った手を入れる。
「空!」
どこかから女の人の声がした。
その名前に、わたしは思わず顔を上げてしまう。
人ごみに目をやって、そこに空を見つけた。
向こう側に、一つ飛び出た頭がある。
間違えるわけがない。
わたしはその頭をじっと見つめた。
ふいに彼が振り返る。
そして目が合った。
驚いたように目が大きくなって、彼はずっとわたしのことを見ていた。
これだけたくさんの人がいるのに、一瞬でわたしのことを探し出せるなんて、変な奴。
勝手に涙が流れて、頬を伝った。
空とは、ずっと見つめ合ったままだった。
お互いに、お互いのところへ行こうとはしない。
忘れるって、約束したから。
「空、早く!」
さっきの女の人の声がして、彼の視線が外れた。
人と人の隙間から、女の子と腕を組んでいるのがはっきり見えた。
もうわたしのことは忘れて、他の子を好きになったのだろうか。
それなら、どうしてあんなことを願ったの。
涙が止まらなくなってしまって、わたしは空に背を向けた。
その場を離れて、もっと人の少ないところへ移動する。
誰もいない場所で、しゃがみ込んだ。
声を押し殺して泣く。
ここまでくると、自分が泣いている理由も分かっていた。
「咲彩!」
真希の声がして、涙を拭った。
立ち上がって、わたしを探している真希に手を振る。
それに気付いて、彼女が駆け寄ってきた。
「ちょっと、どうしたの?」
驚いている真希に、わたしは涙混じりに答える。
「さっき空を見掛けた」
「え、どこにいた?」
「ずっと遠くにいて、女の子と腕を組んでた」
まだ涙が止まらない。
俯いて、濡れた頬を指先で拭う。
それでも涙はとめどなく流れてきた。
真希がわたしの顔を覗き込む。
「まさかあんた、それで泣いてるの?」
わたしは泣きながら頷いた。
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