第36話

とうとうクリスマスの時期になった。

街中で赤と緑の組み合わせをよく見かけるようになってから、憂鬱で仕方がない。

恋人がいるのだから、クリスマスは二人で過ごさなきゃいけない。

それがなんだか面倒くさかった。


家にいれば、夕飯はお気に入りのメニューで、好きなお店のケーキが出てくる。

流石にもうプレゼントは買ってくれないけど、家族と過ごすクリスマスもそれなりに楽しい。


だけど、クリスマスデートを断るなんて海さんには悪いよな、と思って、結局彼と一緒に過ごす約束をしていた。

尻軽女は健在だ。



当日の夕方になって、わたしは重い足取りで家を出る。

もう成人したんだし、帰るのが夜遅くなっても文句は言われない。

それに、今日はクリスマスだ。

きっと、そういうことなんだろうな、とは思っていた。


「咲彩ちゃん、ごめん。待った?」


駅前の大きなクリスマスツリーの下で海さんが来るのを待っていると、向こうから息を切らして彼が駆け寄ってきた。


「大丈夫ですよ。あまり待ってません」

「でも寒かったよね」


彼は白い息を吐く。

冷えた手を温めるように、手を繋いだ。


「少し早いけど、ディナーの予約してるから行こう」

「楽しみです」


大学生だから、ホテルの最上階で夜景を見ながら食事なんてできない。

だけど少し洒落たレストランで、名前が呪文のような洒落た料理を食べることくらいはできる。


高校生にはできないことが、海さんにはできる。

そのことを妙に実感してしまった。


「イタリアンは好き?」

「好きです」

「良かった。今から行くところ、イタリアンレストランなんだよね」


イルミネーションが灯っていて、街はすっかり甘いムードで包まれている。

少し、居心地が悪い。

人目を気にせずにいちゃいちゃとするカップルがそこら中にいる。

今日はそういうことが許される日だ。

そんな人たちを横目に、わたしたちは歩いて行く。



いつかの映画館を通り過ぎて、少し先にそのレストランはあった。

入ったことはないが、存在は知っていた。

その店の斜め向かいに、行ったことのある店がある。

空と映画を観に行った帰りにランチをした場所だ。

あそこのパスタが美味しかった、と別の店に入りながら失礼なことを考える。

そう言えば、まだ真希と一緒に行っていない。


「雰囲気良いでしょ?」

「そうですね、素敵です」

「料理も美味しいから、楽しみにしてて」


そう言って、海さんは幸せそうに微笑んだ。


まずはオードブル。

次はパスタ。

その次は肉料理。

更にその次はサラダ。

締めにデザート。


立派なコース料理じゃないか、と背中に変な汗が流れた。

海さんが奢ってくれることにはなっていたが、金額のことを考えると、料理に味がしない。


「どう? 美味しいでしょ?」

「はい、とても」


落ち着いて味わってみると、さすがに美味しい。

やっぱり本格的な店は違う。

だけどわたしの庶民的な舌には、空と一緒に行った店のパスタの方がコストパフォーマンスも考えて、美味しかったように思えてしまった。


「あ、そうだ。プレゼントがあるんだよね」


先輩は脱いだコートのポケットから、綺麗にラッピングされた細長い箱を取り出した。

形から察するに、恐らくネックレスだろう。


「ネックレス。咲彩ちゃんに似合うと思って」

「ありがとうございます。嬉しいです」


ラッピングをうまく開けられる自信がなくて、その場で中身を確認はしなかった。

その代わりに、わたしも用意していたプレゼントを海さんに渡す。


「これ、わたしからです」

「ありがとう。何だろう?」

「ド定番なんですけど、マフラーです」

「定番でも何でも、咲彩ちゃんからのプレゼントだから嬉しいよ」


その言葉にまた罪悪感を覚えた。

心の中で謝りながら、顔では笑顔を浮かべる。


「メリークリスマス」

「海さんも、メリークリスマス」


プレゼントも渡し終えて店を出てから、わたしは恐る恐る口を開いた。


「すみません、あまり大学生のお財布には優しくなかったような気がするんですけど」


それを聞いて、海さんは困ったように微笑む。


「俺がやりたかっただけだから、咲彩ちゃんは気にしないでくれると嬉しいな。美味しかったでしょ?」

「はい、それは勿論」

「それなら良かった。はい、この話は終わり!」


海さんはわたしの手を取ると、自分のコートのポケットの中に入れた。

こんなところを知り合いに見られたくないな、と思いながら、わたしは彼の隣を歩く。

しばらく歩いてから、海さんが緊張した面持ちで尋ねてきた。


「咲彩ちゃん、門限とかある?」

「ないです」


そう答えてから、聞かれたことの意味に気付いて後悔する。

もう少し上手に濁せば良かった。


「じゃあもう少し一緒にいたいんだけど、いいかな?」


でも、今更逃げるわけにもいかない。

わたしが頷くと、海さんは照れたように視線を逸らした。


「俺の家、近くなんだけど寄っていかない?」


海さんは独り暮らしだったはずだ。

クリスマスの夜に、彼の部屋で二人きり。


空に無防備だと怒られたわたしでも、さすがに意味は分かる。

そういう気分ではない、と言えるはずもなく、流されるままに海さんのお宅へお邪魔することになった。

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