第35話
どんなに悩んでいても、大学には行かなければならない。
それでも大学にいると、家で何もしていないのよりはずっと良かった。
授業中は話を集中して聞いていれば、余計なことは考えなくて済む。
授業がない時は真希が近付いて来て、昨日のテレビのことや他愛もない話を絶えず話してくれるから気が楽だ。
今日も彼女の話に相槌を打っていると、話題が変わって突然話を振られた。
「最近、小鳥遊先輩とはどうなの」
その話を今するか、と文句を言いたくなる。
真希と話していると気が紛れるから、心の中で感謝していたところだったのに。
「まあ、それなりにやってる」
「それなりって。恋人の話とは思えないんだけど」
「うん、そうだね」
海さんと恋人なのは確かなのだけど、まるで上辺だけだ。
それは、わたしのせいだ。
わたしの気持ちが、海さんの気持ちと釣り合っていない。
いくら恋人らしいことをしても、わたしの心はちっとも海さんの方へ傾かない。
いつか好きになるだろうと思っていたのに、考えが甘かったみたいだ。
「どうしてわたしは、好きでもない人と付き合ってるんだろう……」
図書室のテーブルに突っ伏しながら思わずそう零す。
その言葉を聞いて、真希は溜息をついた。
「やっぱり、あんた先輩のこと別に好きじゃないよね」
「……うん」
どう頑張っても、恋愛対象として好きになれない。
海さんは良い人だし、先輩としては全然嫌いじゃないのに。
だから、好きになることを足止めする理由は何もない。
そうやって何度も何度も自分に言い聞かせても、わたしは彼のことを好きにはなれなかった。
「高橋くんの時もそうだったじゃん」
「付き合い始めたら、好きになるかな、と思って」
高校の時に付き合っていた彼氏も、別に好きじゃなかったけど、告白されたから付き合った。
付き合い始めてデートを重ねるうちに、それなりに好きになれたし、今回もそのはずだったのだ。
何が違うのだろう。
わたしは海さんの、何が嫌なのだろう。
「人には軽いって言って突き放してたくせに、軽いのはわたしだよね」
「軽いっていうわけでもないけど、確かに本気ではないよね」
「好きでもない人とデートしてキスして、こんなの立派な尻軽女だ」
自分で言った言葉が、妙にしっくり来た。
尻軽女。
悪口だけど、今のわたしにはぴったりだ。
「恋愛、楽しくない?」
「そこまで好きでもない人と付き合ってキスしたり、それ以上のことしたりする意味が分からない」
「だから咲彩はいつも長く続かないんだよ」
真希はさっき本棚から持ってきた小説をパラパラと捲って流し読みしている。
恋愛小説でも読めば、わたしにも乙女の心が生まれるだろうか。
「デートもそんなに楽しくない。友達と一緒に遊びに行った方が、ずっと楽しいじゃない」
「まあ、相手のことが好きじゃなければ、そうかもね」
彼女は本を閉じると、わたしの顔を見て笑う。
悩みすぎてきっと酷い顔になっているはずだ。
「でもさ、空くんと遊んでた時はそんなこと言ってなかったよね」
真希の言葉に、わたしは少し前のことを思い出す。
映画館に行ったり、遊園地に行ったり、ショッピングをしたり、他にも色々なことをして遊んだ。
「少なくともわたしの目には、楽しそうに見えた」
つまらなくて、他のことを考えていたことがあっただろうか。
一秒でも早く家に帰りたいと思ったことがあっただろうか。
「そうだね、楽しかった。あれが、恋愛じゃなかったからかもしれない」
そんなの、考えるまでもなく楽しかった。
しつこいとか鬱陶しいとか散々言ったけど、内心は楽しくて仕方がなかった。
「でも、海さんと付き合いだしてから、よく空のことを思い出すよ」
もう、意味が分からない。
どうして海さんと一緒にいても楽しくないのに、空と一緒にいた時は楽しかったのか、とか。
考えれば考えるほど、頭の中がこんがらがってくる。
「もう分かんなくなった。考えるのやめる」
「もうちょっと、ちゃんと考えなよ。このままじゃ本当に最低人間になっちゃうよ?」
「そうだよね。どうしようか」
「そんなの、咲彩自身が決めなさい」
鞄の中の携帯が震えた。
確かめる前から、海さんではないかと予想がついた。
携帯を取り出して画面を見れば、やっぱりその通りだった。
「好きでもない彼氏から?」
「ちょっと、現実突きつけるのやめて」
「事実だから仕方ないよね」
一緒に帰らない? というメッセージに返信するのにも、わたしには少し時間がいる。
一緒に帰るのは面倒臭いな、とか、でも断るのも不自然だよな、とか。
結局わたしは「良いですよ」といつも通りの返事をする。
「尻軽め」
「やめてってば」
だけど真希の言うことはもっともで、自分でもどうにかしなきゃいけないことは十分に理解していた。
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