冬の始まり

第33話

海さんと付き合い始めて、何回かデートをした。

デートの定番なんてお決まりだから、ほとんど空と一緒に行ったところばかりだった。



最初のデートは映画を観に行った。

空と一緒に行ったのと同じ映画館で、壁に貼られたポスターを見ながら、彼と来た時のことを思い出してしまう。


海さんがチケットを買ってくれて、飲み物とポップコーンも買ってくれた。

メロンソーダが二つと、塩味のポップコーンが一つ。

空は、塩味もキャラメル味も好きだと言っていた。

ちゃんと、覚えている。


わたしが好きなのは、キャラメル味だ。

見た映画は、有名な監督の手掛けたサスペンスだった。

やたらと濡れ場が多くて、気まずかった。



一緒に買い物にも行った。

わたしの欲しい服を、海さんは買ってくれる。

彼はわたしより年上だし、アルバイトだってしていたから。

それが申し訳なくて、今回もまた気に入った服を口には出せなかった。


アクセサリーの棚の前で楽しそうにしている、高校生のカップルを見て、空のことを思い出す。

空に買ってもらったピアスは、結局まだ一度も付けていない。

いつか胸が痛むこともなく付けられる日はやってくるのだろうか。



今日は、どこに行く予定なのか聞かされていなかった。

待ち合わせ場所で会ってから、チケットを見せてもらう。

それは水族館のチケットだった。

考えていることが見事に空と同じで、可笑しくなる。

だけど結局、彼とは一緒に水族館に行けずじまいだった。


「水族館とか来るの、子供のころ以来だな。なんか、懐かしい感じするよね」

「そうですね」


空が言っていた、初デートに水族館は向いていないという理由は分からない。

だけど初デートじゃないから良いか、と気にしないことにした


「咲彩ちゃんは何が楽しみ?」

「何でしょう。何がいましたっけ」


館内に入って、貰った一枚のパンフレットを二人で頭を寄せて覗き込む。


「海さんは、何が楽しみですか?」

「うーん。あ、ペンギンかな」


海さんは、太字で書いてある文字を指先でなぞった。

この水族館の名物のように、大きく書いてある。


「可愛いですよね」

「楽しみだね」


暗い館内を、手を繋いで歩いた。

周りを見ていると、暗いのを良いことに、みんな水槽の中の海洋生物なんてそっちのけで、恋人とイチャイチャしている。

これは初デートには刺激が強すぎるかもしれない。

そんなことを、わたしも魚なんてそっちのけで考える。


「咲彩ちゃん見て、この魚知ってる?」

「食べられるんですか?」

「そこ?」

「大事じゃないですか」


そう言ってみると、海さんは意外そうにしながら笑った。

楽しませることが出来たみたいで何よりだ。


その辺の川を泳いでいるような魚から、深海にいる中々グロテスクなビジュアルの魚まで、種類が豊富だった。

小さなクラゲがいたり、ふれあいコーナーがあったり。


海さんは、何かに特別興味を示すわけでもなく、すべての水槽の前を同じ速度で通りすぎる。

もしこれが空だったら、つまらない水槽の前はあっさりスルーして、面白い魚の前では大はしゃぎするだろう。

あいつは子供っぽいところがあるから、きっとそうだ。


「この先にペンギンだって。行こう」

「あ……」


わたしが少し興味を持ったチンアナゴの前も、海さんは同じ速度で通り過ぎて行った。

手を繋いでいたから、わたしも同じ足取りで歩かなければいけない。


わたしが一番好きなのが、チンアナゴだと言ったら笑うだろうか。

言わなかったわたしが悪いのだけど。


でも空だったら、わたしの表情を見て気づいてくれたのに、なんてことを思ってしまう。

笑いながら「こんなのが好きなんですか。咲彩先輩は変わってますね」と言って、わたしがどうしてこの生き物が好きなのかも漏れなく聞き出すだろう。


いつか、教える日は来るのだろうか。

馬鹿みたいに、ずっと空に関連付けて考えてしまう。

わたしは今、海さんとデートしているはずなのに。

もし、なんてあるわけないのに。


「ペンギン可愛いね」

「赤ちゃんもいるみたいですね。どこだろう」

「あ、あそこじゃない? 見える?」


海さんが、初めて立ち止まった。

わたしはほっとする。


実は、今日だけ少しヒールのあるパンプスを履いてきてしまったのだ。

あまり高いヒールではないけど、スニーカーよりはずっと歩きにくいし、足も疲れる。

水族館に来ると知っていたら、靴もちゃんと考えて選んできたのに。


そのことに気付いてくれない海さんが悪いわけではない。

だけど、空は気付いてくれたと思い出してしまって、もう駄目だ。

あいつが相手ならば、気付いていなくても「足が痛いからちょっと休もう」と言い出せるけど、海さんが相手だと気を遣ってしまって言い出すのが難しい。


「そろそろ、行こうか」

「はい」


手を引かれて再び歩き出す。

足がまた痛み出す。


わたしは、一体何をしているんだろう。

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