第32話
空に別れを告げた後、わたしは約束通り海さんの元へ戻った。
だけど結局その日は映画を観ずに、そのまま帰らせてもらった。
気分が乗らなかった。
海さんも、わたしの真っ赤になった目を見て、何も言わずに帰してくれた。
どうして泣いたのかなんて、一言も聞かずに。
そのせいで、彼に会うのが少し気まずかった。
休みが明けて学校に行っても、なるべく海さんに会わないようにしている。
そんなことをしながらも、海さんと付き合い始めたことを真希に伝えると、彼女は目を丸くした。
「いいの?」
「うん」
まさか、わたしが告白を受けるとは思っていなかったらしい。
空を応援する、と言っていたほどだ。
「それじゃあ、空くんはどうなるの?」
そう聞かれて、あの日のことが頭をよぎる。
空の悲しい顔も、キスも、遠ざかっていく背中も。
あいつがわたしのことを忘れると言ったのに、これじゃ忘れられていないのはわたしの方だ。
「全部話した」
真希は眉を下げて溜息をつく。
「会ったんだ」
「偶然ね」
彼女はつまらなそうに、頬杖をついた。
真希は何も言わずにわたしのことをじっと見る。
無言の圧力が耐え難い。
「もう、わたしのことは忘れるって」
「そう」
彼女は視線を窓の外に移した。
綺麗な青空が広がっている。
「案外、あっさり引くんだね」
わたしは動きを止めた。
約束とは言え、嫌いなところを10個言った程度で、空が引くだろうか。
あんなにしつこかった彼が。
「所詮、その程度の気持ちだったんじゃない?」
やっぱりあの日、雨が降った日に、すべてがおかしくなってしまったんだと思う。
だけどそんなことを真希には言えなかった。
「その程度、って。本気だって分かったんじゃないの?」
「さあね。あの時は本気でも、気が変わったとか、理由はいくらでもあるでしょう?」
何も知らない振りをして、わたしは視線を落とす。
これ以上話していたら、本当のことがバレてしまいそうだ。
鞄の中の携帯が着信を知らせた。
取り出して見てみると、送信者は海さんだった。
真希の前で、海さんからのメッセージを無視したら、疑われそうだ。
わたしは意を決して、メッセージを開く。
「小鳥遊先輩?」
「うん」
メッセージには、もう一度映画を観に行かないか、と書いてある。
つまり、この間のデートをやり直さないか、ということだ。
「デートのお誘いでも来た?」
「うん、正解」
彼が、何もなかったことにしてくれるなら、わたしもそれに甘えるしかない。
わたしは「良いですよ」と返信して携帯を仕舞う。
「変なの。この間まではただの先輩だったのに、いつの間にか友達を狙っている人になって、そして友達の彼氏になってるんだもん」
「どっちにしろ、真希にとってはただの先輩でしょう?」
「そうだよ。でも咲彩にとっては違うじゃん。器用だね」
「不器用だから、いちいち態度を変えてられないの」
だから、海さんを好きになったふりなんて、上手くできない。
真希は突然肩を組んできた。
わたしは驚いて彼女のことを見る。
「ねえ、咲彩」
「うん?」
彼女はさっきまでのつまらなそうな表情ではなく、どこか楽しんでいるような顔をしていた。
「わたしは咲彩が空くんとくっつけば良いな、と思ってた」
「知ってる」
「だけど、それは咲彩が幸せになってほしいからだったの」
真希の言いたいことがよく分からなくて、わたしは眉をひそめる。
何か、良いことを言っているような気もする。
「つまり、咲彩が幸せだったら、わたしも嬉しいってこと」
「何が言いたいのか、まだよく分からないのだけど」
「わたしは空くんのことを応援してたけど、咲彩は先輩を選んだんでしょ?」
わたしはまだ疑問を抱きながら頷いた。
「先輩を選んで、咲彩が幸せになれるなら良いよ。わたしは、咲彩が幸せになれる道を応援する」
そこで理解した。
何だかんだ文句を言いつつ、わたしの決定を尊重してくれるらしい。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「お礼にジュースを奢りましょう」
「やったー!」
「どうせ、それが目的だったんでしょう?」
「なんだ、バレてたのか」
こうやってふざけているけど、本当にわたしのことを心配してくれていたことは知っている。
だから、もう心配を掛けないようにしようと思った。
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