第31話

真っ直ぐ目は見れなかった。

わたしは俯きながら、口を開く。


「しつこいところ。わたしが嫌だと言っても、聞いてくれないところ。突然襲ってくるところ。わたしの大切な休日を邪魔してくるところ。態度が図々しいところ。ストーカー気質なところ。年上を敬わないところ。軽々しく『好き』とか言ってくるところ。女慣れしてるところ。年下なところ」


考えなくても、嫌いなところはスラスラと出て来た。

数か月間、一緒にいたのだ。

一分は余裕であまっている。


「……あの人は、僕とは違うんですか」


絞り出すような声で、空はわたしに尋ねた。

わたしは考えずに、はっきり答える。


「全然違う」


正直、わたしは海さんのことをよく知らない。

優しい先輩。

よくお世話してくれる先輩。

今までずっと、それ以上でもそれ以下でもなかったから。


好きな食べ物も、嫌いな食べ物も知らない。

それでもきっと、空とは正反対な人なのだと思う。


「そうですか」


空はそう言って笑う。

本当は笑いたくなんかないくせに。

格好つけている。


「約束でしたもんね」


空の手が、わたしの方へゆっくりと伸びてきた。

わたしはぼんやりとそれを見つめる。


「約束は守ります。もう、咲彩先輩のことは忘れます」


強く腕を引かれた。

気付いたら、空と唇が重なっていた。


ああ、わたしキスしてるんだ、とまるで他人事のように思う。

拒もうと思う気持ちは、何故か湧いてこなかった。

わたしは静かに目を閉じる。

空はキスをしながら、わたしをきつく抱きしめた。



唇が離れて、わたしは目を開ける。


「今まで、色々とすみませんでした」


空は最後までわたしに笑いかける。

泣きそうな顔をしてるくせに。


「もうしませんから、安心してください」


最後の最後に爆弾を置いておいて、何を言っているのだろう。


もう空はわたしに会いに来ない。

一緒に帰ることも、休日に出かけることも、一切なくなる。


あれほど望んでいたことだ。

それなのに、ちっとも嬉しくならなかった。


「咲彩先輩、さようなら」


空がわたしに背を向けて歩いていく。

その背中を、追いかけたりはしない。

だけど、涙で滲んで見えなくなる。


どうして、わたしが泣いてるんだろう。

どうして、泣きたくなったのだろう。


しゃがみ込んで、声を堪えて泣いた。



鞄の中のスマホが震えている。

きっと海さんが、中々戻ってこないわたしのことを探している。

わたしは涙を拭って立ち上がった。

赤くなった目は隠せないけれど、わたしはあの人の元に戻らなければいけない。


わたしは、空がいなくなった道とは反対方向へ歩き出した。

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