第28話

昼食を終えて、小鳥遊先輩に挨拶をしてからその場を離れようとすると、わたしだけが呼び止められた。


「ごめん、咲彩ちゃん、ちょっといいかな?」

「何でしょう?」

「出来れば別の場所で、二人で話したいことなんだけど」


わたしは真希と顔を見合わせる。

これはもしかしてアレか。

彼女の予知に驚きながら、わたしは先輩に向かって頷いた。


「分かりました。ごめん、真希。先行ってて」

「はーい」


真希は去り際にわたしの背中を叩いていく。

頑張れ、と言うことだろうか。

それとも別の意味だろうか。

面倒臭いことになったな、とわたしは溜息をついた。


「ごめんね、忙しかった?」

「いえ、そういうことではないです。それじゃあ、どこに行きましょうか」

「そうだね。取り敢えずここは人が多すぎるかな」


二人で食堂を出て、ひと気の少ない場所を探す。

先輩の一歩後ろを歩きながら、背中を見上げた。


空よりも背が低い。空よりも髪の色が明るい。


「実は、咲彩ちゃんに伝えたいことがあって」

「はい」


空き教室を見つけてそこに入ると、先輩は早速話し始めた。

わたしは身構える。



「咲彩ちゃんのことが好きなんだ」



予想通りの言葉だった。

だけどやっぱり多少は驚く。

あんなに真希から言われていても、小鳥遊先輩が本当にわたしのことが好きだとは半信半疑だった。


「そう、ですか」

「ごめん、突然。驚いたよね」

「ええ、まあ」


返事を、考えていなかった。

わたしはこの人のことを恋愛対象として見たことがない。

先輩としては良い人だと思っているけど、それ以上は考えたことがなかったのだ。

わたしが黙り込んでいると、先輩は不安そうに恐る恐る尋ねてくる。


「あの高校生のことが好き?」


先輩の言っている人が誰なのかはすぐに分かった。

わたしは首を振る。


「空のことなら好きじゃないです」


空のことは、好きじゃない。

いくら空が「好きだ」と言ってきても、それはきっと変わらない。

もしかしたら、もう二度と会うことはないかもしれないけど。


「そっか」


小鳥遊先輩は安心したように表情を緩めた。

わたしは気まずくて指先をいじる。


「もし良かったら、俺と付き合ってくれないかな」


そういうことを考えたことがなかっただけで、先輩と付き合いたくないわけではなかった。

きっとわたしが小鳥遊先輩と付き合ったら、空を突き放す理由になる。

わたしに好きな人が出来れば、きっと彼は諦めてくれる。


「わたしで良いなら」


そう答えると、先輩は驚いたようにわたしを見た。

振られると思っていたらしい。


「え、本当に良いの?」

「だって先輩のことは全然嫌いじゃないし、むしろいつも良くしてもらっていて有り難いし......。わたしが彼女になっても、ちゃんと話を聞いてくれて、優しくて、きっと楽しいんだろうと思います」


小鳥遊先輩は照れたように笑う。

わたしが「好きだ」と言わないことは、気にしないでくれるらしい。

先輩を利用するみたいで申し訳ないけど、多分付き合っていくうちに好きになれると思う。


「ありがとう、嬉しい。これから、よろしくね」

「よろしくお願いします」


微笑むと、手が伸びてきてわたしの頭を撫でる。

初めてのことで、驚いた。

これが年上の包容力か、としみじみ思う。


話が途切れるのが嫌で、わたしは先輩に尋ねる。


「わたしのこと、いつから好きだったのか聞いても良いですか?」

「去年の夏くらいかな。一年以上片想いしてたんだけど、気付いてた?」

「そうだったんですか。気付いてませんでした」


そう言うと、先輩は眉を下げて微笑んだ。


「あの高校生が現れて、咲彩ちゃんが取られちゃうと思ったから、焦ったよ。でも本当に良かった。俺の恋人になってくれて」


わたしが空から逃げるために先輩の告白を受けたと、先輩は気付いていないようだ。

ずっと気付かないままでいてほしい。

良心が痛む。


「そろそろ次の授業始まるので、戻らないと」

「うん。引き止めてごめんね」

「ううん、大丈夫です」


腕時計を確かめて、わたしは教室のドアに手をかける。

ここに長居するとボロが出てしまいそうで、一刻も早く逃げ出したかった。


「咲彩ちゃん」


名前を呼ばれて振り返ると、先輩が笑顔で手を振っている。

わたしも控え目に振り返した。


「あとで連絡するね」


小鳥遊先輩は嬉しそうな笑顔だ。

その笑顔を見るたび、申し訳ない気持ちが溢れてくる。

だけどそれ以上に空の顔が頭をよぎって、胸がチクチクと痛んだ。

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