第27話

あんなことがあってから、空は一度も会いに来なくなった。

彼の方から会いに来なくなれば、わたしたちが会うことなんてなくなる。

空に再会する前の日常が、完全に戻ってきた。

望んでいたことなのに、少しも喜べない。

あんな終わり方は、嫌だった。



人前ではなるべく何もなかった振りをしていても、いつも一緒にいる真希はわたしの変化に気づいてしまうようだ。

周りに誰もいない隙を狙ってわたしに近づいて来て、心配そうな顔で聞いてくる。


「咲彩、最近ちょっと変だよ? 何かあった?」

「ううん、何でもない」


だけど彼女にも言えないことだった。

あんなこと、言えるわけがない。

わたしは笑顔を取り繕って誤魔化す。


「ここの所、空くんを全然見ないけど、それと何か関係ある?」


それでも真希はわたしの嘘を無視して、更に尋ねてきた。


「ううん、何もないってば」


わたしの答えに、彼女は不満そうな顔をする。

面白がっていたけど、本当にわたしたちのことを気にしてくれていたことは分かっていた。


「じゃあ、空くんはどうして来なくなったんだろう?」


わたしの変化が空と関係があると言うことを、真希はまだ疑っているようだ。

それが事実なことが、複雑だ。


「勉強で忙しいみたい」

「そうか。大変だよね」

「うん」


わたしが絶対に口を割らないことを察した真希は、やっとわたしの嘘に付き合ってくれることにしたようだ。

彼女のこういうところが、一緒にいて助かる。

心の中で謝りながら、わたしは何もない振りを続けた。


「あいつ、もうしばらく来てないよね」

「そうだね。そろそろ心配になってくるよ」

「これを機にわたしのことは忘れてくれたらいいのに」


空の想いには答えられない。

それなのに生ぬるい関係をいつまでも引きずり続けていた、わたしへの罰なのだと思った。

だから、空がわたしのことを忘れてくれるように願う。

わたしのことは好きになっちゃ駄目だよ。

お願いだから、もう忘れて。


「そしたら、やっと楽になれる」


そう呟くと、真希はまた心配そうな表情でわたしのことを見た。

どうしてわたしはこんなに嘘をつくのが下手なのだろう。

今までなら、友達に心配なんて掛けなかったのに。

今回ばかりは、どうしようもなく落ち込んでしまう。


真希は明るいテンションで、わたしの方に腕を回した。


「やっぱりさ、落ち込んだ時には美味しいご飯を食べなきゃでしょ。食堂行こうよ。何か奢ってあげる」

「だから落ち込んでないってば」

「いいの? わたしが奢るなんてレアだよ?」

「じゃあ、素直に奢ってもらおうかな」

「よし。じゃあ行こう!」


やっぱり励ましてくれる気らしい。

彼女の厚意に甘えて、わたしたちは食堂へ向かった。


「何食べる?」

「あんまり多くなくていいな」

「カツ丼? 親子丼? ラーメン?」

「どれも胃に重そうじゃない?」


結局、真希にセレクトを任せて、ランチを奢ってもらう。

近くの空いていた席に着いて食べ始めると、向こう側から小鳥遊先輩が来るのが見えた。


「小鳥遊先輩だ」

「うわ、マジで?」


真希にそのことを教えると、彼女は嫌そうな顔をしてから振り返る。

その反応に、思わず笑ってしまった。


「どうしたの? そんな顔して。小鳥遊先輩のこと嫌いだっけ?」

「いや、嫌いではないけどさ」


彼女は言い淀んで、先輩がわたしたちに気づいてないことを確認してから、小声で言う。


「わたしは空くんを応援してるから。空くんの敵はわたしの敵」

「何それ。わたしの気持ちは?」


真希の言葉に、思わず笑ってしまった。


「まあ、選ぶのは咲彩だけどね。だけどわたしは空くん派ってこと」

「選ぶも何も、わたし先輩には告白とかされてないよ」

「いや、絶対にされるって。近いうちにね」


はっきりと断言するほどの自信はどこから来るのだろう。

わたしにはそう思えなくて、首を捻る。


「あ、咲彩ちゃん」


ようやく先輩がわたしたちに気づいたようで、声を掛けられた。

わたしたちは視線を先輩の方に向けて、会釈をする。


「先輩、わたしもいますよ?」

「ごめんごめん。真希ちゃんもこんにちは」


先輩は笑いながら、わたしたちの隣の席を指差した。


「ここ良いかな?」

「どうぞ」


そう返すと、先輩はわたしの隣の席に腰かけた。

他にも空いてる席はたくさんある。

それに人当たりの良い小鳥遊先輩のことだから、他に友達も仲の良い後輩もいるだろうに、この席を選んだ。

真希の方を見ると、「ほら、言ったでしょ?」という風に目配せされる。


「珍しいね。咲彩ちゃんが学食なんて」

「真希が奢ってくれるって言うので、連れてきてもらいました」

「いいな。俺も奢ってほしい」

「えー、ここは先輩が奢ってくださいよ」


さっきまでの嫌そうな表情は綺麗に消し去って、彼女は楽しそうな顔で先輩と話し始める。

まったく、器用な子だ。

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