第25話

家に着くと、急いで鍵を開けて中に入る。

そこでやっと、一息ついた。


「結構濡れちゃったね」

「お邪魔します」

「今他に誰もいないから大丈夫」

「つまり僕たち二人きり?」


わたしは家の中に駆け込むと、タオルを持ってきて空に投げる。

濡れた状態で家に上げるほど心優しくはない。


「拭いてから上がって」

「ありがとうございます」


自分もタオルで濡れたところを拭いてから、浴室の清掃状況を確認しに行く。

問題がなさそうだと分かったら、空の元に戻った。


「シャワー浴びてきなよ。着替えはお兄ちゃんのあるし、洗濯して乾燥機かけちゃうから」

「え、でも」

「いいから、早く。風邪引かれたら困るの」


遠慮する空を脱衣所に無理矢理押し込んで、わたしはドアを閉めた。

兄の部屋にこっそり忍び込んで、無難な服を選ぶ。

兄も背が高くて助かった。


服を持って脱衣所に向かうと、ノックをしてから少しだけ隙間を空ける。

シャワーの音がするから、まだ上がってこないはずだ。


「空、聞こえる?」

「うわ、先輩!?」

「ここに着替え置いておくからね」

「ありがとうございます」


ドア越しに声を掛けて、隙間から服だけを置いた。


その後はキッチンに行ってお湯を沸かす。

紅茶かコーヒーでも入れようと思ったのだ。

どっちが良いか悩んで、いつも彼が飲んでいるコーヒーに決めた。

お湯が沸いてコーヒーを入れていると、脱衣所のドアが開いて空が出てくる。

ちょうど良いタイミングだ。


「お借りしました」

「どうぞ」


コーヒーカップと棚にあったクッキーをお盆に載せて、わたしは彼に持たせた。


「わたしもシャワー浴びてきちゃうから、わたしの部屋で待ってて。二階のつきあたりだから」

「入っていいんですか?」

「別にいいよ」


着替えはもう持って来てあった。

それにわたしがシャワーを浴びている間に、家族の誰かが帰って来てリビングで鉢合わせたら困る。

みんな今日は遅くなると言っていたけれど、念には念を、だ。


「じゃあよろしく」

「え、本当に?」

「ほら、早く」


空を階段まで連れてきて、二階へ向かわせる。

そして自分も浴室へ飛び込んだ。

急いでシャワーを浴びてから着替えると、濡れた服を洗濯する。

髪を軽く乾かしながら、空にドライヤーを貸すのを忘れたことを思い出した。

乾かし終わると、ドライヤーを持って二階に上がる。

自分の部屋に入ると、空は大人しくカーペットの上に座っていた。


「お待たせ。ドライヤー忘れてた。ごめん」

「別に平気ですよ」

「いいから、ほら」


コンセントを挿すところまでしてから彼に渡すと、渋々と言った風に空は髪を乾かし始めた。

その隙に机の上に出しっ放しにしてあった教科書やらノートやらを片付ける。

今日はいつもより部屋を綺麗にしていて良かった、と思った。


「咲彩先輩の部屋って感じしますね」

「そりゃあそうでしょう。わたしの部屋なんだから」

「女の子の部屋って、彼氏と撮った写真飾ってたり、アクセサリーとか香水とかが並んでたりするのかと」

「君のお姉ちゃんの部屋ってそんな感じ?」

「そう言えば、違いますね」


あまり何も飾っていない殺風景の部屋を見回しながら、空はドライヤーのスイッチを切った。

男子の髪は早く乾いて羨ましい。


「先輩、それ部屋着ですか?」

「そうだけど、何?」

「いえ、別に」


彼が使い終わったドライヤーを受け取って、机の上に置く。

そして空と向かい合うように、ベッドに腰掛けた。


「わたしの部屋に空がいるなんて、なんか変なの」

「どうしてですか?」

「今まで家族以外の男を部屋に入れたことないから」


わたしの言葉に、彼はなぜか複雑そうな顔をする。


ベッドの脇にある窓の外を見ると、まだ雨は強く降り続いていた。


「そうだ。帰る時までに止まなかったら、玄関に出てる黒い傘使って」

「良いんですか?」

「うん、どうぞ」


洗濯が終わるまで空は帰れないし、この強い雨の中を帰らせるのも可哀想だ。

だけど出掛ける予定だったのだから、家で何かすることもなかった。


「床でいいの? 隣に来なよ」

「大丈夫です」

「ああ、そう」


なんだか家に帰って来てから、空がいつもより大人しい。

不思議に思いながら、わたしは手を伸ばしてクッキーを取る。


「この雨じゃデートできないね」

「そうですね」

「暇だな」


クッキーを食べながら、わたしは彼のことを見た。

視線が交わらない。


「何しようか?」



それはあっと言う間のことだった。

床に座っていたはずの空が立ち上がったと思ったら、わたしはベッドに押し倒されていた。

上には空が覆い被さっている。


「……空?」


状況が上手く呑み込めなかった。

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