第23話

真希と喋りながら歩いていると、突然後ろから肩が組まれた。

わたしたちは驚いて勢いよく振り返る。


「何の話?」


そこにいたのは小鳥遊先輩だった。

笑顔でわたしたち二人を見ている。


「こんにちは」

「楽しそうだね」

「聞きたいですか? 咲彩の恋の話」

「へえ」


真希が余計なことを言うと、先輩は興味を持ってしまったようだ。

わたしたちの肩に回していた腕を外して、わたしの隣に並ぶ。


「この子、絶賛片想いされ中なんです」

「ちょっと、真希!」


わたしが真希の口を塞ごうとしても、二人に止められてしまう。

話したい真希と、聞きたい小鳥遊先輩で、利害が一致してしまっているのだ。


「片想いされ中?」

「咲彩に振られまくっても健気に片想いしてくれる男の子がいまして」

「へえ。あ、もしかして俺が前に見掛けた人かな?」

「え、そうなの?」


彼女が驚いたようにわたしを見る。

小鳥遊先輩に見られたと言うのは、初デートの時のことだろう。

わたしは渋々頷いた。


「そう言えば、そういうこともありましたね」

「そうだったんだ。いいな、わたしも見たい」

「仲良さそうだったよ」

「やっぱりそうですか? 文句言いつつも、楽しそうですもん」


もう諦めよう、と肩を落とす。

今は興味津々でも、このまま空がわたしに会いに来なければ、そのうち忘れてくれるはずだ。


「どこで知り合ったの?」

「高校です」

「へえ。彼は別の大学?」

「ううん、後輩なのでまだ高校生なんですよ」

「えっ」


今度は小鳥遊先輩の方が、驚いた顔でわたしを見た。

その反応も頷ける。

あの時、空は制服を着ていなかったから、知らない人が見れば高校生には見えなかっただろう。


「彼、高校生だったのか。随分大人びてるな」

「わたしは最近会ってないので、どう成長したのか分からないんですけど、どんな感じでした?」

「大学生だと思ったよ。自分と同じくらいだと」


精神年齢はまるで違う。

もし二人が話したら先輩は驚くだろうな、と思う。

あんなに大人びた風貌でも、空の中身はただのクソガキだ。


「顔は?」

「まあ、良かったんじゃないかな。そこまでじっくり観察したわけじゃないから、よく分からないけど」

「そうですよね。彼、昔からイケメンですもん」


真希の話を聞いて、小鳥遊先輩が小さく笑う。


ふと気付いて、わたしは口を開いた。


「あの、小鳥遊先輩の下の名前のカイって、海って書くんですよね」


突然の質問に、先輩も真希も戸惑ったような顔をする。

唐突に何を言い始めちゃったんだろう、と自分でも後悔した。

それでも先輩は答えてくれる。


「うん、そうだよ」

「あいつの名前、空って言うんです」


そう言うと、真希が納得がいったように声を上げた。


「海と空か」


知り合いに海も空もいるなんて、なんだか面白い。

陸はいないかな、と思い始める。


「空はしつこいから、先輩とは正反対ですね」

「それって、俺褒められてる?」


わたしの言葉に、小鳥遊先輩が苦笑した。

そして今度は先輩から質問される。


「咲彩ちゃんは、本当にその空くんのこと好きじゃないの?」

「まさか。可愛い後輩です。ちょっと鬱陶しいけど」

「そうなんだ」


笑いながら話していた小鳥遊先輩は急に真剣な顔になった。


「しつこいならちゃんとはっきり言わないとだよ。誤解しちゃってたら、彼も可哀想だから」

「言ってるんですけど、あいつクマムシなので」


わたしは笑い飛ばすようにそう返す。

別に、今となっては空のことが迷惑なわけではない。

先輩は少し勘違いしている。


「何かあったら相談してね」

「大丈夫ですよ」


でも、前のわたしは、あいつのことを迷惑に感じていて、嫌がっていた。

わたしが「しつこく付きまとわれてる」と言っているのだから、先輩が勘違いするのも当然だよな、と思う。

だけど何故か、あまり気分が良くなかった。


「じゃあ俺は行くね。二人ともバイバイ」

「さようなら」


小鳥遊先輩に手を振って、背中を見送る。

先輩に聞こえないように、真希が呟いた。


「大変だね、咲彩も」

「何が?」


心当たりがなくて尋ねると、呆れたような顔をされる。

彼女は溜息をついて、わたしの背中をバシッと叩いた。


「あんた、小鳥遊先輩に思い切り狙われてるじゃん」


ああ、やっぱりそうなのか。

この間話した時から、何か違和感があったのだ。

それが真希の言葉で解決する。


「空くん、強敵現れたのに勉強なんかしてていいのかな」

「勉強はしないとでしょう」


もし小鳥遊先輩に告白されたとして、わたしはそれを受けるのだろうか。

その場合、空はどうなるのだろう。

今のわたしには何も決められなかった。

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