第21話
帰り道、また手を繋ぎながら家までの道を歩く。
陽は落ちたけれど、外はまだぼんやりと薄明るい。
「今日は何が一番楽しかったですか?」
「お化け屋敷かな」
「ああ、確かに、楽しそうでした」
思い出したように彼が笑う。
怖がって悲鳴を上げていたのは彼の方なのに。
「思ったより空が怖がりで、面白かった」
「あのクオリティで、少しも驚かない先輩がおかしいんですよ。お化け役の人が可哀想でした」
でもわたしがいつまで経っても一番覚えているのは、空がわたしのことを変な男たちから助けてくれたことだろう。
多分、ずっと忘れない。
「夕焼けも、綺麗だった」
「そうですね」
ずっと続いてきた会話が、そこで途切れた。
今まで空といて、会話が途切れることなんてなかった。
わたしは空の顔を覗き込む。
少し様子がいつもと違った。
無言のまま手を繋いで歩いて、とうとう我が家の前まで来てしまう。
「送ってくれてありがとう」
「いいえ」
「遊園地、楽しかった」
「僕もです」
わたしも空も、また黙りこくってしまった。
言わないといけない。
もうやめよう、と言って、終わらせないといけない。
「先輩、言わなきゃいけないことがあります」
だけどわたしよりも先に、彼が重々しく口を開いた。
いつも明るい空をここまで静かにさせるとは、どんな用件なのだろう。
わたしは何も言わずに、次の言葉を待った。
「もう、先延ばしにできないんです」
「何が?」
空は眉を下げて微笑む。
「先輩と同じ大学に入るために、勉強しなきゃ」
わたしはなんとなく、彼の言いたいことを理解した。
そんなに寂しそうな顔をしなくてもいいのに、空にとっては重大のようだ。
「受験生だからね」
「今までもちゃんとやってたんですけど、ちょっと成績が落ちまして。確実に咲彩先輩と一緒にキャンパスライフを送るために、本気で勉強しなきゃいけません」
「あまりにも動機が不純だな」
わたしが笑うと、彼もつられて少し笑った。
あの女の子の言っていたことを思い出す。
彼女の言っていた通り、わたしは空が受験で落ちた時、責任を取れない。
だからわたしとしても、わたしなんかにかまけていないで、勉強をしてくれないと困る。
「だから、あんまり会いに来れなくなれます」
「それで手を?」
「充電です」
空は繋いだ手にぎゅっと力を込めた。
わたしは手を繋いだまま親指で空の手を撫でる。
すると彼が嬉しそうに微笑んだ。
「寂しいとは思いますが、我慢してください」
「寂しいのは君の方でしょう」
空の言葉にそう返すと、彼は少し寂しそうな表情で、わたしに顔を近づける。
「先輩は寂しくないんですか」
別に、寂しくはない。
空と会うのは楽しいけれど、会わなくたって構わない。
今までずっとそうだったように。
「むしろ、せいせいする」
区切りをつけるのにちょうどいい。
こうやって会う回数を徐々に減らしていけば、きっと空も冷めていくはずだ。
自分から終わりを切り出せなかった弱いわたしは、それで許してもらうことにした。
「そうですよね。咲彩先輩ならそう言うと思ってました」
空は少しも傷ついた表情を見せなかった。
わたしの言葉は、想定内だったらしい。
わたしは彼に笑顔を向けた。
「勉強、頑張って」
「その一言で頑張れます」
「ああ、そう」
繋いでいた手が離れる。
自由になった空の手が、わたしの肩を掴んだ。
「でも忘れないでくださいね。僕には、咲彩先輩だけですから」
「はいはい」
耳にタコができるほど何度も聞いたというのに、彼はまたその言葉を紡ぐ。
信用するとかしないとかじゃなくて、もう聞き飽きた域だ。
「じゃあ、先輩さようなら」
「待って」
手を振って背を向けようとする空を、わたしは思わず呼び止める。
不思議そうに振り向く空に、わたしは腕を広げた。
「特別大サービスだから」
「え?」
彼は状況が飲み込めないのか、動かずに体を固まらせている。
「これはどういう……」
「嫌ならしないけど」
「待って待って!」
空が、わたしの腕の中に飛び込んでくる。
そして抱きすくめられた。
腕の力が痛いくらいだ。
「先輩、どうしよう」
「何が」
「僕、咲彩先輩のことが好きすぎて頭おかしくなりそうです」
「大丈夫。君は元から頭がおかしい」
背の高い空の頭が、わたしの肩にもたれる。
わたしは手を伸ばして、その頭を撫でてみた。
「先輩も、僕のことが好きなんじゃないかと誤解しそうになります」
「うん、それは誤解だよ」
「やっぱり、そうですよね」
わたしに抱きついたまま大きく息を吐いて、空は体を離した。
そしてわたしに笑顔を向ける。
「ありがとうございます。今なら首席で合格できそうです」
「単純だね」
「キスもしてくれたら飛び級出来ます」
「君って本当に調子に乗りやすいよね」
「冗談です」
空の手が伸びて来て、わたしは思わず身構える。
その手はわたしの髪を梳くように撫でた。
「じゃあ、今度こそ本当にさようなら」
「うん、バイバイ」
手を振って、空が帰っていく。
空が見えなくなってから、わたしはその場にしゃがみ込んだ。
何の気の迷いだったのだろうか。
今になってさっきの自分の行動が恥ずかしくなってくる。
こんな真っ赤な顔で、家の中に入れなかった。
だけどごめんね、空。
わたしはこんなことをしても、君のことが好きなわけではないんだ。
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