第19話

電車に10分ほど揺られて、遊園地に着く。

修学旅行で行ったテーマパークには敵わないが、この近辺では一番大きな遊園地だ。

休日なこともあって、人が多い。


「最初は何がいいですか?」

「何でもいいよ」

「僕はまずジェットコースターに乗らないと始まらないと思うんですけど」

「分かる気がする。じゃあそうしよう」


わたしたちは一日券を買って、一番ノーマルなジェットコースターに向かった。



全然平気そうな空を連れて、今度は違う絶叫マシーンに乗り、次はお化け屋敷を、と休みなく園内を駆け巡る。


「そろそろ疲れて来た?」

「流石に、そうですね」


絶叫系が好きなわたしは少しも疲れない。

だけど数時間も経てば、彼の顔から少しずつ笑顔が消えていった。

その様子が面白くて、わたしは空の顔を覗き込む。


「大丈夫?」

「大丈夫じゃないですよ」

「もう一回ジェットコースター乗る?」

「なんでそうなるんですか」


彼はうんざりした表情でわたしのことを見る。

いつもと立場が逆転だ。


「先輩、顔がいきいきしてますよ」

「だって楽しいもの」

「咲彩先輩のレアな表情が見れて嬉しいです。でも、ちょっと休ませてくれませんか」


空が白旗を上げて、わたしたちは近くのベンチで休むことにした。

腰を下ろした彼は深く息をついてぐったりしている。


「飲み物買ってきてあげる」

「待ってください。僕が行きます」

「でもきつそうじゃん。わたしが行くよ」


わたしが立ち上がると、空に手を掴まれて引き留められた。


「今日は全部奢るっていう約束で、手を繋がせてもらってるので」

「そうだったね」


連れ回したわたしが言うのもなんだけど、少し休ませてあげないと流石に可哀想になってくる。

そこでわたしは彼に二つ選択肢を出した。


「お金だけ空から預かってわたしが買いに行くのと、この後は手を繋ぐのはやめてわたしが買うの、どっちがいい?」

「どうしても僕を歩かせたくないんですね」

「可哀想だから」

「こうさせたのはどこの誰ですか」


空は諦めたように財布を取り出すと、その中から500円玉を取り出してわたしに渡した。


「じゃあ行ってきます」

「いってらっしゃい。待ってます」


わたしは飲み物を買いに、ベンチを離れる。

確か少し行った先にトイレがあって、その近くに自動販売機があったはずだ。


記憶を辿って歩いていくと、予想通りの場所に自動販売機を見つける。

そこでミネラルウォーターとジュースを買って、わたしは空の元へ戻ろうと踵を返した。


「あれ、お姉さん一人?」


振り返った瞬間、目の前に男の人がいて驚いた。

わたしより少し年上くらいだろうか。

チャラいけどあまりモテなさそうなお兄さんが数人いて、わたしを取り囲むように立つ。


「一人分に見えますか?」


わたしは二本のペットボトルを見せて、その場を後にしようとした。


「お姉さんたくさん飲むんだねぇ」


だけどそう簡単には離してくれない。

腕を掴まれて、わたしは足を止めた。


「友達と来たの? 俺たちと一緒に遊ぼうよ」

「すみません、彼と二人で遊びたいんです」


連れが男だと匂わせても、彼らは諦めない。

もう面倒臭い。鬱陶しい。

こいつらに比べたら、空なんて可愛いものだと思った。


「いいじゃん、少しくらい。ね?」

「彼氏が待ってるんです! 離せこの野郎!」


前に、真希から護身術を習ったことを思い出す。

それをこいつらにキメてしまおうか、と思った瞬間だ。



「咲彩!」


わたしの名前を呼ぶ声が耳に飛び込んできた。


なんとなく、現れるだろうな、とは思っていた。

来なかったら、ストーカー失格だ。

それでも、来てくれて本当に安心した。


「ねえ、何やってんの? お前ら」


私服の空は、高校生には見えない。

背も高いからそれなりに威圧感があるし、整った顔で睨みつけられるのは中々恐ろしい。


「俺の彼女に汚い手で触ってんじゃねぇよ」


空はわたしの元に駆け寄ってきながら、低い声でそう言う。

後ろから伸ばされた腕が、わたしをぐっと引き寄せた。

そして守るように抱きしめられる。

チャラいお兄さんたちは舌打ちをして、わたしたちから離れて行った。

彼らの姿が見えなくなったことを確認してから、わたしは勢いよく空から離れる。


「誰があんたの彼女だって!?」

「先に僕のこと彼氏だって言ったのは咲彩先輩じゃないですか」


さっきまでの怖い顔が想像つかないくらいの優しい顔で、彼はわたしに微笑みかける。


「無事で良かったです」

「……来てくれて助かった」

「先輩の少し後にあいつらが同じ方向に行くのが見えて、ちょっと嫌な予感がしたので、追いかけてきちゃいました。一人にしてすみませんでした」

「大丈夫だよ、ありがとう」


ナンパなんてされるのは初めてのことだったから、少し怖かった。

そこまで悪そうな人たちには見えなかったけど、何かされたらと思うと、手が震えてしまった。

今でもまだ少し震えているわたしの手を、空の手がそっと握る。

本当に、彼が助けに来てくれて良かった。


怖かったと言うことも、手が震えているのを指摘されるのも、わたしのプライドが許さない。

それを分かっているのか、空は何も言わないでいてくれた。

少しだけ涙がこみ上げてきそうなのを堪えながら、わたしは何でもない顔をして話しかける。


「君にもあんな顔できるんだね」

「すみません。僕の可愛い咲彩先輩が他の男に触られてるの見たら、我慢できなくて」

「わたしがいつ誰のものになったって?」


いつものような会話をしていると、震えも止まってきた。

買ってきたジュースと、あまった小銭を彼に渡す。


「嘘でも、嬉しかったです」

「何が?」

「先輩が、僕のことを彼氏だって言ってくれたの」


嘘だよ。

あいつらから逃げるために、ちょうどいい文句がそれくらいしか思い浮かばなかった言っただけだよ。

そんなことを、今更言わなくてもいいと思った。

空だって分かっているのだろうし、助けてもらったのだから優しくしたい。

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