第17話

元の道に戻って、早足で家へ足を進める。

だけど後ろから誰かが走って追いかけてくる足音が聞こえていた。


「咲彩先輩!」


手首を掴まれて、わたしは足を止める。

息を切らして真剣な表情をしている空を見て、溜息をついた。


「何で追いかけてきちゃったの。話を拗らせないでよ」

「先輩こそ、何で勝手に帰っちゃうんですか」


こいつは何も分かっていない。

せっかくあの子たちに脈が無いことを証明できたと思ったのに、こいつが全てをぶち壊してしまった。


「白川さんと話してたんじゃないの?」

「そんなのどうでもいいです」

「君にとってはどうでもいいことでも、彼女にとってはそうじゃない。きっと今頃、店で泣いてるよ」


泣いている彼女を友達が慰めながら、きっとみんなでわたしの悪口を言っている。

そして何故かわたしが恨まれる羽目になる。

女というのは面倒臭い生き物なのだ。


「白川とは、中学から一緒で」

「そうらしいね。話は聞いた」

「ずっと好かれてるのは気付いてたんです。それで、中学の卒業式で告白されました」


あんな顔をして、片想いがバレないわけがない。

きっと彼女には自分の気持ちを隠す気などないのだろうけど。


「その時、断ったの?」

「はい。だから、僕があいつに優しくする理由なんてないんです」


きっぱりとそう言う空に、わたしは頭を抱えたくなった。

その分の優しさを全てわたしに注ぐな。


「優しくしてあげなよ」

「白川のことは好きじゃありません。優しくしたら、あいつは誤解するかもしれないじゃないですか」


ドキリ、とまた心に針が刺さる。

優しくしたら、誤解されてしまう。


「告白を断った時は、別にあいつのことが好きじゃなかっただけでした。だけど高校に入ったら僕の前には咲彩先輩が現れて、僕は咲彩先輩のことが好きになりました。だからもう白川に望みはないんです。諦めてほしいんです」


優しくしているつもりはない。

だけど、デートに毎回付き合ってあげるのは、優しさじゃないのだろうか。

もしかしたら、彼に誤解をさせてしまうのではないだろうか。


「わたしたちも、一緒だよ」

「え?」

「わたしは、君のことが好きじゃない。好きな人はいないけど、君の告白を何度も断り続けているんだから、もう君に望みはないんじゃないの? 諦めてくれない?」

「嫌です」


空のためを思って言っている。

それなのに、彼は首を縦には振らなかった。


空があの子に諦めてほしいと思っているように、わたしも彼に諦めてほしいと思う。

わたしが彼を前ほど鬱陶しいと思わなくなっても、他にも問題はたくさんあるのだ。


「好きな人、いないんでしょう」

「そうだけど」

「それなら、僕には希望があります」


だけど空は掴んだわたしの腕を離さない。

何度振り払おうとしてもダメだった。


「理屈がよく分からないのだけど」


きっと彼に理屈なんてない。

通用しない。


「とにかく、僕は咲彩先輩だけが好きなんです。咲彩先輩以外の女子はお呼びじゃありません」

「やめてよ。その恨みは全部わたしに回ってくるって分からないかな」

「僕が守ります」

「信用できない」


なんだかもう面倒臭くなって、わたしは大人しく空の方に真っすぐ向き直った。


「先輩」

「何」

「僕はしぶといですよ」

「身に染みて分かってる」


わたしの諦めたような口調を聞いて、空は笑顔になった。

別に褒めたわけじゃないし、認めたわけでもないのに。

どうしてこんな奴に目を付けられちゃったかな、と考え出す。


「今度の土曜日、遊園地に行きましょう」

「……もう一回さっきの話してあげようか?」

「先輩は僕がそんなことで折れると思ってるんですか? 心外です」

「あー! もう! 面倒臭いな、君は!」


あと一回だけなら良いんじゃない? と、わたしの心の中の悪魔が囁く。

折角仲良くなったのに手酷く振ったら可哀想だよ、と。


「またデートしてくれますか」


いつからわたしの意志はこんなに弱くなってしまったのだろうか。

きっと空のせいだ。

空がわたしのことを散々振り回すからだ。

心の中で彼に責任をなすりつけながら、わたしは息をつく。


「何時に来るの」

「先輩、愛してます」

「本気で気持ち悪い」


もう一度手を振り払うと、簡単に外れた。

もうわたしが逃げないと思ったのだろう。


「せめて、明日学校であの子に会ったら、一言くらい声かけてあげたら?」

「どうしてですか?」

「先輩命令だから。それに、優しくしなくたって好かれ続けてるんでしょう?」

「そうですね」


そろそろこの関係を終わらせなければいけない。

それなのに、楽しんでいる自分がいる。

何か、きっかけが必要だった。

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