第16話
出来上がったクレープを受け取って、わたしたちはテラスの四人用テーブルに向かい合って座る。
ここならまだ女子高生が少ない。
「先輩の美味しいですか?」
「美味しいよ」
「僕のも美味しいですよ」
「一口交換したいんでしょう」
そわそわしている空にそう言うと、当たりだったようで、彼の頼んだクレープを渡される。
「咲彩先輩、あーん」
「するか馬鹿」
「何でですか」
そうやって攻防戦を繰り広げていると、テラスに女子高生の集団がやって来た。
わたしは恥ずかしいから空の手を軽く叩いてやめさせる。
「あれ、空くん?」
彼の名前が呼ばれた。
顔を上げた空につられて、女子高生の集団に視線をやる。
彼女たちの着ている制服は、わたしが二年前まで着ていたセーラー服で、つまり空の高校の子たちだった。
「びっくりした。まさか空くんがこういうところに来るとは思ってなくて」
「なんだ、
どうやら彼女たちは空と同じ学年の知り合いらしい。
空に白川と呼ばれた女子力の高そうな女の子は、ものすごい勢いで彼の隣の席に座った。
彼女の視界にわたしは入っていないようだ。
彼女の友達からの視線が痛くて、わたしは席を立つ。
「君たちも、座りたいならどうぞ」
「いいです。まだ頼んでないし」
空は白川さんに話しかけられていて、わたしたちの方まで気が回っていないようだ。
白川さんの友達は、睨みつけるようにわたしのことを見ている。
「あの、もしかして貴女、バスケ部のマネージャーでしたか?」
その中の一人がどうやらわたしのことを覚えていたらしい。
面倒臭いことになったな、と思うが否定も出来ない。
「よく覚えてるね」
「やっぱり。塚本くんがずっと追いかけてた人だ」
同じ学年の女子にもそのことは知られているらしい。
わたしも随分有名人だ。
彼女たちはわたしを見ながら、なにやらこそこそと話し合い始めた。
嫌な雰囲気だな、と思いながらわたしは話が終わるのを待つ。
しばらくしてから、彼女たちの視線が一斉にわたしの方に向いた。
どうやら話し合いは終わったようだ。
「あの」
「何?」
わたしのことを覚えていた、一番性格がキツそうな子が一歩前に出た。
自分が高校生の頃もクラスメイトにこういう類の子がいたな、と思い出す。
「塚本くん振り回して何してるんですか?」
「振り回して、って言われてもね……」
振り回されているのはこっちだ。
そう言ったところで、彼女たちには信じてもらえないのだろう。
空と出歩いていればこういう事も起こる、と予想しておくべきだった。
彼は人気者なのだから。
「分かってますよね? わたしたち、受験生なんです。貴女のせいで彼が志望校に落ちたら責任取れるんですか?」
わたしが少し心配していたことをズバッと言われて、心にちくりと針が刺さる。
わたしが全面的に悪いわけじゃない。
だけど責任を求められたら取れないし、取りたくない。
彼女たちは誤解しているようだけど、言っていることには一理ある。
「それに、あれ見れば分かりますよね」
テーブルでは、空が白川さんと喋っている。
彼女は明らかに恋をしている目をしていた。
確かに、見れば分かる。
「あの子は、中学の頃からずっと塚本くんに片想いしてるんです。それが報われないはずがない」
どんな理論だよ、と思う。
自分も二年前はこんな感じだったのか、と思って怖くなった。
「わたしたちはあの子に幸せになってほしいんです。だからオバサンは邪魔しないでください!」
オバサン、という言葉に苦笑した。
大学生と高校生の差は大きく感じる。
だけど年齢にしてみるとたったの二歳だ。
君たちだって二年後にはわたしと同じ年齢の「オバサン」になるんだよ、と思うが言わずに胸にしまっておく。
「肝に銘じておくよ」
「は? 今すぐ塚本くんから離れろって言ってるんですけど」
「それじゃあ、あの馬鹿犬がわたしについて来ないように、君たちが鎖に繋いでおいてくれない?」
最初から最後までトゲしかない彼女の言葉に苛立たないわけではない。
だけど、内容は痛くも痒くもなかった。
だって、わたしは空のことが好きじゃないから。
白川さんが空のことが好きなら、早くくっついてわたしに付きまとうのをやめさせてくれ、と思う。
「わたしだって迷惑してるの。あんなのに付きまとわれてたら、ろくに恋愛も出来ないから」
わたしは半分以上残っていたクレープをぱくぱくと食べてしまうと、ゴミを側にあったゴミ箱に捨てた。
ちゃんと味わいたかったのに、この子たちのせいでもう美味しくない。
「じゃあね、後はよろしく。受験生の皆さん、お勉強頑張ってね」
その場を後にして店を出て行く。
口調が、少し大人げなかったかもしれない。
わたしが去っていくことに気づいた空が、わたしを呼び止める声が聞こえた。
それでもわたしは振り返らずに、帰り道を進んでいく。
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