秋の半ば
第15話
学校が終わると、外で待ち伏せしていた空と一緒に帰る。
休みの日には、押しかけてきた空と一緒に遊びに行く。
そんな毎日が続いて、わたしはだんだんと彼に心を許すようになってしまった。
不覚だ。
DVDを見ようと誘われて、空の家に遊びにも行ってしまった。
一緒に出掛けて帰ってきた後は、「次はどこに行くんだろう」と考えてしまう。
好きじゃない、苦手だ、と彼を散々突っぱねていた過去の自分に笑われそうだ。
「先輩?」
「あ、ごめん。何か言った?」
「ううん、何も言ってないんですけど。ぼーっとしてたので」
「ごめんごめん。なんでもないよ」
今日もまた学校の外で待っていた空の姿を見て、このままでいいのだろうか、なんて思い始めてしまった。
空のことは、別に嫌いじゃなくなった。
それでも、可愛い後輩なだけだ。
こうやって誘われるたびについて行って楽しんで、それでも好きにはならないなんて、空にとっては残酷じゃないだろうか。
「浮かない顔してますね」
「そんなことない」
「悩み事ですか?」
「君には関係のないことだよ」
衣替えの時期を迎えて、空の制服も冬服になった。
今までは白いシャツ一枚だったからまだ良かったのに、ついこの間から学ランになったのだ。
見るからに「高校生」という感じがして、隣を歩くのが余計に嫌になる。
「僕って頼りないですか?」
「あのねぇ」
わたしは立ち止まって空の方を向くと、その制服を指差した。
「高校生に相談なんてしてられない」
「してくださいよ」
「嫌だ。それに大学生であろうと、社会人であろうと、君だけには頼りたくない」
「特別扱いありがとうございます」
ドMの変態のような発言は聞かなかったことにする。
そもそもわたしを悩ませているのは、彼自身だ。
悩みの種に悩みを相談してどうする。
「じゃあ、僕に頼らなくていいので、気分転換しませんか?」
「何?」
「寄り道してクレープ食べましょう。駅前に美味しいお店ができたそうなので」
まるで高校生の放課後デートのような提案だ。
スイーツは好きだけど、こいつと一緒に行くのは気が引ける。
「君はどこからそういう情報を仕入れてくるの?」
「クラスの女子が騒いでたので、嫌でも耳に入ってきますよ」
「ふうん」
もしかしてその女の子たちは空と一緒に行きたくて、わざと彼に聞こえるように言っていたのではないだろうか。
当の本人がそのことに気づいていないことに同情する。
「咲彩先輩は、クレープとかってよく食べますか?」
「わたし行くなんて言ってないんだけど」
「行きましょうよ」
わたしの後ろに回った空に肩を押されて、無理矢理方向転換された。
クレープは久しく食べていないし、まあいいか、とわたしも流されてしまう。
「先輩、何か難しいこと考えてたでしょう?」
空は後ろからわたしの顔を覗き込んで、ニッと笑った。
「疲れた脳には糖分が一番です」
「家でコンビニスイーツ食べるから足りてるんだけど」
「僕と一緒に食べてくださいよ」
「どうして?」
「見てください、この甘い顔。そして甘い言葉もいくらでも言いますよ?すごい糖分」
「くどい。やめて」
そうやっていつもと同じような会話をしながら、駅前にやって来る。
確かに見たことのないファンシーな佇まいの店がいつの間にか出来ていた。
前はここに何があったんだっけ、と考えながら、店の中に入る。
「うわ、すごい。女子高生だらけですね」
「本当だ。男子高校生と女子大生は居づらいから帰ろう」
「折角ここまで来たんだからそうはさせません」
逃げ出そうとした腕を捕まえられて、わたしは仕方なくカウンターの上のメニューを見上げた。
隣に立つ空も真剣な表情でメニューを睨みつけているから面白い。
「わたし抹茶小豆」
「大人なセレクトですね」
「年寄っぽいと思ったならはっきりそう言えば?」
「そんなこと思ってませんって。先輩こそ抹茶小豆が好きな全国の若者に謝った方が良いですよ。偏見です」
空はわたしの頬を一瞬だけつまんでから、カウンターへ向かった。
今のは何だ、と問い詰めたくなる。
わたしも少し遅れて彼のことを追いかけた。
「いくらだっけ」
「いいですよ。誘ったのは僕なので、奢ります」
「高校生に金を払わせるのは嫌だ」
空の分まで金を出してあげるほど優しくはないけど、自分の分は自分で払いたい。
格好つけたがっていた空を説得して、わたしは会計を済ませる。
「君は何にしたの?」
「チョコバナナです。人気No.2って書いてたので」
「そこはNo.1を買いなさいよ」
女子高生だらけの空間の中で、わたしたちはクレープが出来上がるのを待った。
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