第14話

その日も学校の敷地から出た瞬間、空が隣に並んで歩き出す。


「制服やめてって言ったでしょ」

「仕方ないじゃないですか。俺も学校帰りなんですから」

「じゃあ来ないでよ」

「嫌です」


相変わらずナチュラルに隣に並ぶ空のことを立ち止まって見上げた。

彼は不思議そうな目でわたしを見る。


「取り敢えず、殴らせて」

「え、そんなに制服嫌ですか?」

「制服も嫌だけど、これは別の理由」


脇腹にチョップをかまして、彼が痛がっている間にわたしは歩き出す。


「めっちゃ痛いです。先輩、見た目によらず怪力ですね」

「実はゴリラなの」

「マジか。僕は先輩がゴリラだったとしても、先輩のこと好きでい続けるので安心してください」

「変態なの?」


こうやって一緒に帰っているところも、誰かに見られるかもしれない。

今度誰かに聞かれたら、弟だとしらを切り通そう、と心の中で決める。


「あのね、この間の土曜日のことだけど」

「楽しかったです」

「そうじゃなくて。知り合いに見られてた」

「ふうん、そうですか」


空にはわたしの言いたいことが分からないらしい。

間抜けな返事が返ってくる。


「彼氏かと思われたでしょ!」

「え、本当ですか? 嬉しいです! その人に言いふらしてくれるようお願いしてください。まずは周りから固めましょう!」

「やめろ!」


浮かれ始めた空を車道に落としてやろうかと思いながら、わたしは盛大に溜息をつく。


「こうやって口喧嘩している間にも、誰かに見られて誤解されるかもしれないでしょう」

「僕は大歓迎です」

「わたしは大迷惑なの」


そう言っても彼はめげずに隣を歩き続ける。

わたしは距離を取ってから話を続けた。


「わたしが空と付き合ってると思って、イケメンが告白してこれなくなったらどうしてくれよう」

「え、咲彩先輩のことを狙ってるイケメンがいるんですか?」

「どこかに隠れてるかもしれない」

「なんだ、妄想でしたか」


もう一度脇腹を狙うが、空に手を掴まれて阻止されてしまう。

同じ攻撃を二度は受けてくれないらしい。


「いいじゃないですか。こうやってイケメンが告白してきてるんだから」

「イケメン? さて、誰のことだろう。心当たりがない」

「僕です」

「顔面殴って骨格変えてあげても良いんだよ。ほら、わたしゴリラだから」

「やめてください。すみませんでした」


殴るふりをして拳を構えると、空は面白そうにそれをひょいとかわした。

わたしが手を下ろすと、空はふと思い出したように口を開いた。


「そう言えば、先輩って男友達とかいるんですか?」

「男とは用があれば話す程度で、友達と言うほどではない」

「安心しました。高校の頃からそうでしたもんね。いつも友達の真希先輩と一緒にいて、男子と喋ってるの見かけませんでした。部員には厳しいし」


昔からストーカー気質だったのか、と恐ろしくなる。

真希のことを覚えているのも驚きだ。


「部長だけは違ったけど」

「高橋くん?」

「先輩の記憶から部長のことを消し去りたいです」


高橋くんが空にだけ厳しかったのと同じように、どうやら空も彼のことを毛嫌いしているようだ。

当時はまるで気付かなかった。


「部長だよ? 先輩だよ? 少しは敬いなさいよ」

「咲彩先輩の元カレっていうだけで、僕にとっては敵ですから」

「もうとっくに別れたよ」

「それでもです。あ、どこまでしました? キスはしましたよね」

「それ以上聞いたら沈める」


この様子じゃ、わたしと空の関係を勘違いしたのが男の先輩だと聞いたら、発狂しそうな勢いだ。

実際にはわたしと小鳥遊先輩には恋愛感情は生じないだろうけど、絶対に彼の存在を空に知らせてはいけないと思った。

小鳥遊先輩の平和な生活のために。


「じゃあ話題を変えましょう。先輩、いつDVD借りに行きます? 約束しましたよね」

「そう言えばそうだったね」

「次のお休みはいつですか? 予定合わせますよ」


誤解されるからもう近づくな、という話をしていたはずなのに、いつの間にか次の「デート」の約束の話にすり替わっている。


「さっきのわたしの話、聞いてた?」

「はい。だから誰にも見られる心配のない、お家デートをしようかと」

「わたしの気持ちはまるで無視なのね」


DVDは見たい。

だけど空と一緒は嫌だ。

だけど約束してしまった。

だけどお家デートなんてふざけないでほしい。


「また土曜日に迎えに行きますね」

「待って。まだわたし何も言ってない」

「でもどうせ休みでしょう?」

「休みだけど」

「じゃあ決まりです」


この調子じゃ、こいつと毎週デートする羽目になる。

今度バイトに行ったら、シフトを土日にずらしてもらえるように頼もうと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る