第13話
週末が明けて学校を歩いていると、どこかから名前が呼ばれた。
声の主を探して周りを見回すと、後ろから誰かが近づいてくる。
「おはよう、咲彩ちゃん」
「先輩、おはようございます」
笑顔でわたしに手を振るのは、
同じ学部の一つ上の先輩で、入学したころから親しくさせてもらっている。
「今日は一限から?」
「はい。昼には終わりますけど」
「そうなんだ」
どうやら先輩も行く方向が同じようで、並んで歩き始めた。
「最近どう?」
「どうって、何がですか?」
「いや、しっかり勉強しながらバイトして大変そうだから。元気?」
「ああ、大丈夫です。心配ありがとうございます」
今のバイト先は、小鳥遊先輩に紹介してもらったところだった。
今は就活を始めて、先輩はもうバイトは辞めてしまったけど、こうやってたまに気にかけてくれる。
勉強も手を抜きたくないし、バイトも頑張りたい。
だけどそんな日常の中に、しつこい後輩が現れて、最近は大変です。
そんなことは、いくらこの人にでも言えないよな、と思いながらわたしは隣を歩く。
「そう言えばさ、この間歩いてたら咲彩ちゃんのこと見かけたよ」
「そうだったんですか? 声をかけてくれれば良かったのに」
「いや、まずいかな、と思って」
その言葉に、わたしは疑問を抱いた。
別に声を掛けられてまずい時なんてないはずだ。
先輩がわたしを見かけたのは、いつの話だろうか。
「彼氏と歩いてるようだったから」
わたしは何もない床につまずいた。
「おっと、大丈夫?」
「すみません、大丈夫です」
駄目だ、眩暈がする。
そんなわたしを、小鳥遊先輩は心配そうな顔をして見ていた。
わたしに彼氏はいない。
兄と一緒に出歩くことも、滅多にない。
でも誤解されるような状況に一つだけ心当たりがある。
「それって、この間の土曜日の話ですか……?」
「うん、デート中だった?」
「違います! あいつは彼氏なんかじゃありません!」
「違うの?」
その日は、空と出掛けた日だ。
あいつと一緒に歩いているところを、知り合いに見られていたとは思いもしなかった。
後で空のことを殴ろう、と思いながら、わたしは弁解を続ける。
それでも小鳥遊先輩はまだ疑わしい目をわたしに向ける。
「結構お似合いだったと思うんだけど」
「やめてください。あれは頼まれて一緒に出掛けただけです」
「ふうん」
嘘は言ってないのに、焦っているからなんだか嘘をついているように聞こえてしまう。
「それにしては仲良さそうだったよ」
「そんなまさか。あいつが馴れ馴れしいだけですって。わたしは本当に嫌々付き合わされてたんですよ」
「そうなのか」
先輩はまだ半分疑っているようだった。
それでもわたしの言うことを信じてくれるらしい。
「じゃあ咲彩ちゃんって今彼氏いないの?」
「いません」
「この間の彼と、付き合う予定は?」
「有り得ません」
どうして小鳥遊先輩がそんなことを気にするのだろうか。
彼氏がいないから休日に雑用を頼まれるということだろうか。
それはそれで、空の誘いを断る良い口実になるかもしれない。
「そっか。有益な情報をありがとう」
「いえ」
「俺もう行かなきゃ。お勉強とバイト頑張ってね」
「ありがとうございます。頑張ります」
先輩は立ち止まると、わたしに手を振った。
わたしは会釈を返す。
「じゃあね」
先輩は目の前の教室のドアを開けて、部屋の中に消えていった。
わたしを呼び止めたのは、ただ土曜日のことを聞きたかっただけのようだ。
一体、何だったのだろう。
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