第11話
ジェノベーゼを食べながら店内を見回すと、壁のポスターが目に入る。
同じ市内のイベント情報だった。
「そういえばそこの水族館、割引中だったよね。いつまでだっけ」
すると空は食べる手を止めて、わたしを見る。
そして苦笑しながら答えた。
「今日までです」
「そうだったのか。行きそびれた」
「行きたかったんですか?」
「うーん。まあ、機会があれば、って感じ?」
空はフォークを置くと、かすかに視線を下げた。
どうしたのだろう、とわたしは彼の顔を覗き込む。
「本当は、今日は先輩と一緒に水族館に行こうと思ってたんです」
「そうなんだ」
「でもすごく迷ってて。どうやったら先輩が喜んでくれるのか分からなかったから。水族館は初デートに向いてないっていうのも、聞いたことあったし」
「へえ」
いつも飄々としている彼も、実はちゃんと悩んでいるのが分かって、不思議な気持ちになる。
空は、やっぱり本当にわたしのことが好きなようだ。
「でも水族館に行くつもりだったんですけど、先輩に会ったら気が変わって、映画にしちゃいました。......僕、間違えました?」
そう言って、彼は不安そうな顔をする。
いつもは大人びていて調子に乗っている彼が、年下らしい表情を見せたことに、不覚にも可愛いと思ってしまった。
「ううん、正解」
そう言うと、空はホッとしたようにふにゃりと笑った。
今まで、何でもない顔をしながら、心の中では不安だったのかもしれない。
だけど、どうして行先を変えたのだろうか。
そう考えていると、それが表情に出ていたのか、空がわたしの足元を指差した。
「何?」
「先輩、いつもはスニーカーだけど今日はパンプスですよね」
「うん、そうね」
「水族館って意外と歩くから、足痛くなるかと思ってやめたんです」
その言葉を聞いて、少し申し訳ない気持ちになる。
なんとなく気分で履いてきただけだった。
背の高い空と一緒にいると自分も気兼ねなくヒールがある靴を履ける、と少しだけテンションが上がったりもした。
「そんなの、『水族館に行くからスニーカーに履き替えてこい』って言えば良かったのに」
「無理ですよ。そんなこと言ったら先輩、やっぱりデートしないとか言いそうだし。それに、可愛かったので」
整った顔でそんな言葉を紡ぎながら、わたしだけに微笑みかける。
いくら好きじゃないと言っても、ちょっとだけ心がときめいてしまった。
顔を合わせただけで「可愛い」と言われてもうんざりするだけなのに、この流れで言うのは反則だ。
「君さ、やっぱり女慣れしてるよね」
「え、どこがですが? 何が?」
「無駄に気がきくところとか、色々」
「そうですか?」
空にそんな自覚はないようで、首を捻っている。
無自覚は怖い。
こいつの場合、自覚してやっているよりも無自覚の方がタチが悪い。
「もしかしたら、姉ちゃんが2人もいるからかもしれません。だから鍛えられてるかも」
「なるほど。末っ子なの?」
「はい」
そういうことならば納得がいく。
確かに、みんなに世話されてすくすく育ってきた感じがする。
「咲彩先輩は? 兄弟いるんですか?」
「それを聞いてどうするの」
「先に聞いてきたのは先輩じゃないですか。『末っ子なの?』って」
無駄なことを聞いてしまった。
わたしは観念して答える。
「わたしは真ん中。お兄ちゃんと妹がいる。」
「似てますか?」
「わたし、そこまで君に聞いてないよ」
「僕と上の姉ちゃんは似てます。母親似です。下の姉ちゃんは父親似なので僕とは似てません」
「聞いてないってば」
答えない、という意思表示に、わたしは食事を再開させる。
そんなわたしを見て、空は肩をすくめた。
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