第10話

映画館を出ても、わたしの興奮覚めなかった。

上映前とまるでテンションが違うわたしを、空は面白そうに見ている。


「どうでした?」

「面白かった......!」

「楽しんでいただけたみたいで嬉しいです」


こういうアクション映画はお決まりの展開があるから期待していなかったのに、見事に裏切られた。

今まで見ていなかったことを悔やむくらい、この映画はわたしの中で大ヒットだった。


「でも個人的には、前作の方が面白かったんですけど」

「これを上回るとかどれだけ名作なの」

「じゃあ今度一緒に観ましょう。DVDを借りて」

「自分で借りる」


そう言うと、彼は拗ねた顔でわたしの手首を掴んだ。


「駄目です。僕が教えたものだから、僕と一緒に観ましょう。僕も1から観たくなったし、レンタル料金半分出すので」

「それなら、考えておくよ」


わたしの返事に満足したのか、空は掴んでいた手を離す。

また彼の思う壺になってしまったのだけど、今のわたしは気分が良いから、そんなこと気にならなかった。


「それじゃあ、ご飯食べに行きましょうか。お腹空いたでしょう?」

「そう言えば、そうだね」


時計を確認すると、正午はとっくに過ぎている。

道理でお腹が空くわけだ。


「何が食べたいですか?」

「何でもいいよ。君は何が食べたいの?」

「咲彩先輩が好きな物ですね」


わたしは彼の発言を無視して、歩きながら辺りを見回す。

すると近くに小洒落たレストランを見つけた。

表に出ているおすすめメニューも美味しそうだし、値段もそこまで高くない。


「ここでいいんじゃない」

「先輩がそう言うなら」

「じゃあここで食べよう」


店に入ると、内装も雰囲気も素敵だった。これで味も良ければ文句なしだ。

席に案内されて向かい合って座ると、空はメニューをわたしに向けて開く。


「何にしますか」

「先に決めなよ」

「レディーファーストです」


その言葉に甘えて、先にメニューを見させてもらうことにした。

一通りメニューを見てから、わたしは悩んでしまう。

どれも美味しそうなのだ。


「どうしようかな」

「どれで迷ってるんですか?」

「ジェノベーゼとカルボナーラ」


そう言うと、空はメニューを覗き込む。

わたしはメニューを彼の方に向けて渡した。


「パスタ一択なんですね」

「わたし麺食いだから」

「メンクイなのにイケメンな僕に振り向いてくれないのはどうしてですか」

「君は何食べるの」


無視されたことに少し拗ねながら、空はメニューを閉じる。

反対側から見ただけで、もう決めてしまったらしい。


「カルボナーラにします。先輩がジェノベーゼ頼めば、一口交換できますよね」


その言葉に、わたしは肩を竦めた。

女が喜びそうなことを分かってるな、と思う。


「君が食べたいものにしなよ」

「カルボナーラが食べたいです」

「本当に?」

「本当です。三食カルボナーラで良いくらい好きなんです」


嘘だということくらい分かるが、空がそれで良いのなら、わたしが反対する理由もない。


「まあ、いいよ。早く頼んじゃおう。お腹空いた」


パスタとサラダを注文して店員がいなくなると、彼はわたしの方を向いた。


「疲れました?」

「ううん、別に」

「良かった」


答えた後で、やっぱり疲れたと言えば良かったかも、と後悔する。

疲れていないと答えてしまったから、またこの後もどこかに連れ回されるかもしれない。


「先輩って、バイトしてるんですよね」

「うん」

「今日もですか?」

「あるって言ったら帰してくれるの?」

「ないんですね」


この後も暇なのか確かめたということは、やっぱりそうだ。

ご飯食べ終わったらバイバイ、というわけには行かなさそうだ。


「帰りたそうな顔してますよ」

「だって帰りたいから」

「この後、少しだけ買い物付き合ってください」

「はいはい。帰れるとは思ってなかったから別に良いよ」


正直に言うと、そこまで嫌なわけではなくなっていた。

映画は面白かったし、デートだと思わなければ楽しいお出掛けだ。

空に対する嫌悪感も少しはなくなってきているのも事実だった。


空と喋っているうちに、パスタが運ばれてくる。

量は少し多めだけど、目の前にいる食べ盛りの少年に分ければ、問題はないだろう。


「美味しそうですね」

「うん。いただきます」


わたしは自分の前に置かれたジェノベーゼを一口食べた。

空はそんなわたしの表情を窺っている。


「どうですか?」

「これは......想像以上、かも」

「お、良かったじゃないですか」


そして彼も自分のカルボナーラを一口食べて、顔を綻ばせた。

どうやらどっちも当たりのようだ。


「これも美味しいですよ。一口どうぞ」

「それじゃあ、遠慮なく」


空の前にあるカルボナーラの皿を自分の方に引き寄せて一口貰う。

口にして、空の表情が納得できた。


「どっちも美味しい。甲乙つけがたいな」

「つけなくてもいいんですよ、何かの審査じゃないんだから」


これは絶対にまた真希とでも来ようと思った。

美味しいパスタに思わず頬が緩む。

そんなわたしを見て、彼が笑い出した。


「良かったですね、先輩。今日は面白い映画とも、美味しいお店とも出会えた」

「本当だ」

「これも全部僕のおかげです」

「調子に乗るな」

「厳しいな」


だけど本当に今日こいつと出掛けていなかったら、こんなに充実した一日にはならなかっただろう。

そこだけは、心の中で空に感謝した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る