第9話

彼に連れてこられたのは、映画館だった。

デートの定番だ。

恋人らしいこと、というのはこういうことらしい。


「お昼ご飯、先の方が良いですか?」

「ううん、お腹空いてないから後でいいよ」

「じゃあランチは後ということで」


休日だけど、昼前の微妙な時間だからか、思っていたほど混んではいなかった。

わたしたちは壁一面に貼ってあるポスターの前で立ち止まる。


「何観ますか? 先輩の好きなので良いですよ」

「じゃあスプラッタなやつ」

「やっぱり僕が選んでも良いですか」

「何でよ。男に二言はないでしょう」


結局、二人で話し合って、よく街中でも広告を見かけるアクション物の洋画を観ることにする。

シリーズの最新作で、空は前作も観たことがあるらしい。

単体で見ても面白いだろう、と説得されて妥協することにした。


「じゃあチケット買ってきます。先輩はここで待っててください」

「いってらっしゃい」


ここで待ってろ、とは言われても、やることがないから暇だ。

わたしは時間を確認してから、売店へ向かうことにした。


飲み物とポップコーンを買っていると、先にチケットを買い終わったらしい空が、わたしの隣に並ぶ。


「待ってて、って言ったのに」

「だって暇なんだもの」

「一人で飲み物二つとポップコーンは持てないでしょう」

「どうしてわたしが君の飲み物も買った前提で話してるの?」

「そうやって苛めても無駄ですよ。見てましたから」


こいつに隠し事をするのはやめようと思った。

どこから見ているか分からない。

これだからストーカーは怖い。


「アイスコーヒーにしたけど良かった?」

「はい。先輩は?」

「わたしはカフェラテ」

「いつも同じですね」

「悪い?」

「全然。覚えやすくて助かります」

「覚えるな」


空は飲み物を受け取ると、カフェラテの方をわたしに渡す。

そしてポップコーンも受け取って歩き出した。


「塩とキャラメル半々なんですね」

「わたしはキャラメルが好きなんだけど、君の好みは知らないから」

「僕はどっちも好きです。覚えておいてくださいね」

「多分すぐ忘れる」


どうしてわたしが、好きでもない男の好みを覚えていなきゃいけないのだ。


来たのがちょうど良いタイミングだったようで、もうすぐ上映が始まる時間だった。

彼は腕時計を見ると、わたしのことを振り返った。


「行きましょうか」

「うん。チケット貸して。両手塞がってるでしょ」

「僕、咲彩先輩のそういうところ大好きです」

「人を下僕のように扱いやがって」

「待って! 違います!」


中に入って席を確認すると、ギリギリに買った割には良い席を取ってあった。


「奥と手前、どっちが良いですか」

「どっちでも」

「じゃあ僕が奥に」


座ってから気づいたことだけど、奥の席の隣はおじさんだった。

わたしの席の隣は女子高生だ。

そういうところも気を使ってくれたのかもしれない。


「ありがとう」

「うん? 何がですか?」

「何でもない」


場内が暗くなって、スクリーンに予告が流れ始める。

空は肘掛に頬杖をついて、スクリーンを見ていた。


すると、わたしの反対側の隣に座っていた女子高生たちが小声で話し始めるのが聞こえてくる。


「隣の隣の席の人めっちゃイケメンじゃない?」

「えー、ウチから見えないんだけどー」

「マジでイケメンだから」

「嘘、見たい」


女の子たちは身を乗り出して、空の横顔を見る。

わたしはずっと気づいていないふりをしていた。


「見えた。ヤバいね、超イケメンじゃん」

「彼女とデートかな」

「だよね、残念」

「大学生っぽいよね」

「どこの大学なんだろう。ウチもそこ入る」

「単純すぎじゃん、ウケるんだけど」


大学生じゃなくて君たちと同じ高校生ですよ、と教えてあげたくなる。

やっぱり空は周りから見ても格好いいようだ。

わたしなんかじゃなくて、もっと可愛い女の子のことを好きになればいいのに。

この子たちみたいな、同じ高校生の子と付き合えばいいのに。


「先輩」


空から小声で話し掛けられて、わたしは耳を寄せた。


「僕ってそんなにイケメンですかね」

「君にも聞こえてたんだ」

「僕と先輩が周りからは付き合ってるように見えてるみたいで安心しました」

「最悪」


彼は嬉しそうに笑う。

わたしは視線をスクリーンに戻す。

面倒臭いから、空のことは忘れて映画に集中しようと思った。

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