秋の始まり
第8話
「デートに行きましょう!」
休日の朝9時。
今日は昼まで寝ていようと思ったのに、突然鳴り響いた電話に叩き起こされた。
睡眠を妨害されたわたしは、とても不機嫌である。
「……どちら様ですか」
「咲彩先輩、寝起きの声も可愛いんですね」
「番号間違えてると思いますよ」
「迎えに行きます。何時が都合良いですか?」
電波越しでも腹が立つようなテンションの空は、わたしの話を聞く気がないらしい。
いつものことだが、今は本当にやめてほしい。
「何でわたしの番号知ってるわけ?」
「高校の時に部活の連絡網で教えてもらいました。でも驚きましたよ。ずっと番号変わってないんですね」
「明日にでも変えようかな」
「それじゃあ新しい番号聞きに行くという名目で会いに行けますね!」
叩き切ろうと思っても切らなかった後輩想いのわたしを誰か褒めてほしい。
わたしは布団をかぶり直してから、電話口に向かって言う。
「ごめんね、行きたいのは山々なんだけど、どうやら風邪を引いたみたい。今日は一日寝てないと駄目かな」
「じゃあお見舞いに行きます」
「来るな」
「先輩、嘘はいけませんよ。元気じゃないですか」
こいつに嘘は通じないか、と唇を噛む。
わたしは開き直ることにした。
「行きたくない。以上」
「あ、先輩待って!」
今度こそ本当に叩き切ろうとしたのに、聞こえてきた言葉にわたしは手が止まった。
「デートしてくれないと、白いスーツで100本の赤いバラの花束を持ってベンツで迎えに行きますよ。しっかりご両親にも結婚の挨拶させていただきます」
「脅迫!?」
あまりにもタチが悪すぎて、わたしは思わずベッドから起き上がってしまう。
そんな恥ずかしいことをされるわけにはいかなかった。
「先輩がそうして欲しいなら」
「待って待って!」
完全に手のひらの上で転がされている。
そんなの少し考えれば分かることなのに、寝起きの頭はそこまで働かなかった。
「デート、行けばいいんでしょう」
「残念です、結婚の挨拶が出来なくて」
弾んだ声が聞こえる。
電話だから顔は見えないのに、頭の中ににっこり笑う彼の顔が頭の中に浮かんだ。
「11時に迎えに行きますね」
「前から気になってたけど、わたしの家知ってるの?」
「大丈夫です。ストーキングしたわけではないので」
恐ろしいことを言ってから、空は一方的に電話を切った。
わたしは彼の思い通りに行動してしまったことを悔やんで、スマホを布団の上に投げつける。
約束したからには、すっぽかすわけにはいかない。
面倒臭い、と思いながらわたしは部屋のカーテンを開けた。
空が我が家の前に姿を現したのは、一分も遅れることなく11時ぴったりだった。
門の前で待っていたわたしを見つけると、大きく手を振って駆け寄ってくる。
「おはようございます、先輩」
「よく考えたら、高校生が白いスーツなんて持ってるわけないよね。ベンツも乗れるわけないし」
「咲彩先輩が騙されてくれるとは思いませんでした。朝弱いんですね」
「また睡眠妨害してきたら、着信拒否するから」
「すみませんでした」
この間も思ったけど、制服を着ていない空は大人っぽい。
背も高いし、高校生には見えないだろう。
もっと子供っぽい奴じゃなくて良かった、とその点だけは安心する。
「じゃあ行きましょうか」
「何するの?」
「恋人っぽいことです」
「帰ってもいい?」
「あー、すみません。僕たちまだ恋人じゃありませんでしたね」
「まだ、っていうのが聞き捨てならない」
歩き出した彼の後ろについて、わたしも足を踏み出した。
デートと言っていたから「手を繋ごう」と言われることくらいは覚悟していたのに、空は何も言わなかった。
「今日はいい天気ですね。散歩デートっていうのもありかな」
「ねえ、どこに行くの?」
「どこに行きたいですか」
「家に帰る」
「それは駄目です」
どこに行きたいかわたしに聞くけれど、きっと行き先なんてもう彼の中で決まっているはずだ。
別に特別行きたいところもないし、わたしとしては構わないのだけど。
「そう言えば、先輩は今日も可愛いですね」
「ありがとう。君もなかなか様になってるよ」
そう言うと、彼は洋画でよく見るような驚いたリアクションをする。
「びっくりしました。先輩に褒めてもらえるとは思ってなかったので」
「別に、事実だったら普通に言うよ」
空の隣に並んで、後ろに手を組んで歩く。
今日はヒールのあるパンプスを履いてきたのだけど、彼と並ぶと全然気にならない。
むしろヒールがあってちょうど良いくらいだ。
彼が言っていた通り、わたしは他の女の子より高い自分の身長が好きじゃない。
だけど空の隣だと、気にしないで済みそうだ。
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