第7話

というか、どうしてこいつはいつも余裕をかましているのだろう。

わたしが追われる立場で、こいつは追う方のはずなのに。

色々と気にくわない。


「先輩どうしました?」

「君にムカついていた」

「え、どうしてですか?」


そのタイミングで店員がやってきて、頼んだものをわたしたちの前に置いていく。

わたしの前に甘いカフェラテを。

空の前には苦いコーヒーを。


「いただきます」

「うん」


わたしは目の前でアイスコーヒーを飲む高校生のことを見つめた。

その視線に気づいて、彼は笑いかけてくる。


「どうしました? 僕に惚れました?」

「ううん」

「それは残念です」


どうしたら惚れてくれますか、という言葉は聞こえなかったふりをする。

わたしはストローでカフェラテをかき混ぜながら口を開いた


「信じてみようかと思う」

「ん、何をですか?」

「君の本気」


真希にあんなことを言われてから、色々と考えてみたのだ。

わたしはどうしたら、空の気持ちを信用できるのだろう。

何をされたら、認められるのだろう。

そして、空の言葉を思い出したのだ。


嫌いなところを一分以内に10個。

言えなかったから、わたしは彼のことが嫌いじゃないと、言いくるめられた。

それならば、逆のことをすれば、逆のことを証明できると思った。


「僕が遊びじゃなくて本気で咲彩先輩のこと好きだって、信じてくれるんですか」

「あれができたら認めるって、自分の中で決めてたからね」

「ありがとうございます、信じてくれて」


だからこそ、言わなきゃいけないことがある。

わたしは深呼吸をしてから、空に「ごめん」と伝えた。


「今まで散々軽いとか言ってごめん。あれはわたしの誤解だったようです。もし傷つけていたら、ごめんなさい」


わたしは誠意を込めて謝っているつもりなのに、彼は吹き出すように笑いだした。

こういうところが、わたしに軽いと誤解させる要素なのだけど、空は分かっていないらしい。


「あのさ、わたしは謝っているのだけど」

「ああ、はい。分かってます。笑ってすみません」


面白そうな目でわたしのことを見ながら、彼は笑いをこらえている。

殴ってやろうかと思った。


「いいですよ、気にしてません。確かに僕って普通じゃないのかもしれません。軽いって思われても仕方ない言動してますし。本当に咲彩先輩一筋なんですけどね。先輩に辛辣に言われたことも、別に傷ついてません。言われるたび『怒った顔も可愛い』と思ってたので」

「ねえ、殴ってもいい?」

「勘弁してください」


誤解が解けたからこそ、今日は言わなければいけないことがあった。

わたしは咳払いをしてから、会話を立て直す。


「わたしは今まで、君が軽いことを理由にして断ってきたよね」

「そうですね」

「それが間違っていたことが分かったわけでしょう?」

「じゃあ僕のこと好きになってくれますか? 咲彩先輩、好きです」

「君ね、そういうところだよ。すごく軽く見える」


アンチ要素が一つ減ったからと言って、わたしがこいつのことを苦手なのは変わらない。

好きになることは、ないだろう。


「わたしは、君が好きじゃない。きっと、これからもずっと。君は高校の頃の部活の後輩で、それ以上でもそれ以下でもない」

「僕、今振られてるんですか」

「そう」


空の表情は変わらない。

だけどわたしは今日、こいつを完全に切るために話している。

申し訳ないけど、彼の気持ちは受け入れられない。


「駄目です」

「は?」

「これでバイバイだと思ってるのかもしれませんけど、僕はそんなに打たれ弱くないんですよ。悪いですけど」

「もう嫌だ。クマムシと闘ってるみたい」

「そうですね。どんな高温で熱されても、どんな低温で冷却されても、死ぬ気がしません」


そうだ、こいつはこういう奴だった。

軽い云々よりも、こういうところが一番嫌いかもしれない。

果てしなく面倒臭い。

好かれてしまったことを後悔する。

高校時代のわたしに、空をいびり倒すように言いたい。


「だって先輩、彼氏いないんですよね」

「それは、まあ」

「好きな人もいないんでしょう?」

「なんでそんなことをあんたに教えなきゃいけないの」

「いないんですね。それなら良いじゃないですか」


良くないだろ、と心の中で叫んだ。

心の中でならば、こいつのことを何度リンチしただろう。


「良くない。まるで良くない」

「先輩はきっと僕のこと好きになりますよ」

「どうしてそう思うの? わたしはそう思わないのだけど」

「え、だって僕、格好いいじゃないですか」

「明日の朝起きたら、あんたの布団の中がゴキブリだらけになってればいいのに」

「うわ、それは嫌だな」


頭が痛くなってきた。

わたしはこれからもずっと、こいつから逃げ回らないといけないらしい。

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