第6話
授業を終えて学校を出ると、わたしは辺りを見回した。
学校帰りの高校生が何人か歩いている。
でもその中にわたしが探している人はいなかった。
「咲彩先輩、誰のこと探してるんですか?」
突然、隣に誰かが立つ。
見上げると、随分高いところに顔があった。
「あ、もしかして僕のことですか? 待ち侘びてました?」
「ふざけたこと言ってると警察に突き出しそうになるからやめて」
そう言っても、空は嬉しそうに笑っている。
もしかしたらドMなのかもしれない。
「でも、まあ、君を探してた」
「え、僕は冗談で言ったんですけど」
「それが、冗談じゃないの」
わたしが歩き出すと、彼も軽い足取りで隣を歩き出した。
「少し話せないかな」
「どうぞ」
「歩きながらじゃなくて、どこかで座って話そう」
「……離婚話ですか?」
突っ込むのも面倒臭いから、わたしは無視して足を進める。
わたしの突っ込みを待っている様子の空は、わたしが反応するつもりがないことに気づいたのか、深い溜息をついた。
「この間のカフェでもいい? 奢ってあげるから」
「先輩のお好きなところで構いませんよ」
「じゃあそうしよう」
あそこならば、今いる場所からも近い。
帰り道とは少しずれているけれど、駅からは近いから良いことにしよう。
二人でカフェに入ると、この間と同じ席を案内された。
道路に面した窓際の、二人用テーブルだ。
「わたしはカフェラテにするけど、君はどうする?」
「アイスコーヒーにします」
「50円安いんだっけ? いいよ、高くても食べたいものを頼めばいい」
「先輩が優しいと、これから何を言われるのか怖くなってきます」
前回は確かコーヒーとレモンスカッシュで迷っていたはずだ。
それなのに空はコーヒーで良いと言う。
この間も別に痩せ我慢をしていたようではなかったからいいのか、とわたしはその二つを注文した。
「それで、お話とは何でしょう」
「うん」
何と切り出そうか。
本気でわたしのことを好きなのか、と聞きたいのに、口に出すのが恥ずかしくなってくる。
傍からは愛に飢えた女のように見えるだろう。
「言いにくいことですか?」
「そうね」
「とうとう一世一代の告白をする気になりました?」
「それはない」
わたしは言葉を濁しながら窓の外へ視線を逃がす。
視界の端で、空は不思議そうな顔でわたしのことを見ていた。
「確かめたいことがあって」
「何でしょう」
周りの席には誰もいないし、店員もしばらく近くに来ることはなさそうだ。
わたしは思い切って、空にだけ聞こえるようなボリュームで尋ねた。
「わたしの好きなところ一分以内に10個言える?」
「え?」
彼は呆気に取られたように口をぽかんと開けたまま固まった。
わたしは言ってからやっぱり恥ずかしくなって俯く。
何でこいつに恥ずかしい台詞を言わなきゃいけないんだろう。
いや、言おうとしたのはわたしの勝手だけど。
「あの、一世一代の告白っていうの、あながち間違ってないんじゃ……」
「違う! いいよ、もう、忘れて」
恥ずかしくなって空の口を塞ごうとすると、その伸ばした手を絡め取られた。
顔を上げて見ると、頬が緩んだ空と目が合う。
なんだ、その愛おしいものを見るような目は。
「いいですよ、言います」
わたしは空いている左手で耳を塞ぐ。
頭の中で別のことを考えて、空の言うことが耳に入らないようにした。
「真面目で妥協しないところ。しっかり者なところ。顔が可愛いところ。何だかんだ言って僕に構ってくれるところ。弱ってるのを人見せないところ、あ、これは悪いところでもあるんですけど。あとは、いつもは冷たいのに、たまに可愛い笑顔を見せてくれるところ。周りをよく見てて気を配れるところ。意外と字が下手なところ。背が高くてスタイルも良いのに、本人はそれがコンプレックスなところ。クールな顔して甘党なところ」
耳を塞いでも、彼の言葉は全部耳に入ってきてしまった。
わたしは茹でたタコのように真っ赤になって、テーブルに突っ伏す。
こんなの不本意だ。
「すみません、本当はまだまだあるんですけど、先輩が10個って言ったので。あ、お望みでしたら他にも言いましょうか?」
「お願いだからもう黙って」
空が楽しそうに笑う。
言えないだろうと思っていた。
言えたとしても、やっと絞り出したようなものとか、当たり障りのないものだと思ってたのに。
わたしがこいつの嫌いなところを上手く言えなかったように。
「僕の本気は伝わりましたか?」
「途中からストーカーみたいになってたけど」
というか、空はわたしがこんな質問をした意味が分かっていたらしい。
わたしは熱が冷めるのを待ってから、顔を上げた。
「変なこと聞いた。ごめん」
「いえ、これくらいならいつでも」
空はにっこりと微笑む。
それがムカついて、わたしは視線を逸らした。
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