第5話

「ねえ、塚本空って覚えてる?」


大学でランチ中、高校からの友人である真希まきにそう尋ねると、彼女は箸を止めて考え始めた。

少し待っても答えが返って来ないから、ヒントを出す。


「わたしのバスケ部の後輩の」

「あー、もしかして、一年生でエースだった?」

「そう」

「何かと咲彩に構ってくる?」

「うん、それ」


わたしがうんざりした顔で答えると、真希は楽しそうに笑った。


「懐かしいなぁ。いたね、そういうのも。鬱陶しいってよく咲彩から話聞かされたよ」

「そうだったね」

「うちらの二年下ってことは、今年受験生? 何してるんだろう」

「勉強もせず、わたしに付きまとってる」

「ふうん……うん?」


わたしと真希の間に沈黙が訪れた。

笑顔のまま固まる真希に、わたしはもう一度同じ言葉を繰り返す。


「だからね、最近わたし空から付きまとわれているんだけど」

「警察つき出せば?」

「いや、そこまでではないんだけど」


何故そうなったのか、と聞いてくる真希に事の次第を説明する。

すると彼女は面白そうに身を乗り出した。


「いいね、楽しそうじゃん」

「どこが?」

「青春だね」


どうすれば上手くあしらえるかを相談しようと思ったのに、この反応では役に立ちそうにない。

わたしは溜息をつく。


「何よ、そんなに嫌なの?」

「わたし、あいつのこと苦手なの」

「そう言えば前もそんなこと言ってたね。でもどうして? イケメンだし、そこら辺の男よりはよっぽど優良物件だと思うけど」


真希は部活が違ったから、空のことを分かっていない。

見た目で騙されちゃ駄目だ。

知ってたら、優良物件だなんて言うはずがない。


「誰だって嫌じゃない? あんな軽い男」

「軽いかな」

「会うたび『先輩だけですよ』とか『今日も綺麗ですね』とか言ってくるんだよ? 女慣れしてそうじゃない。誰にでもそういうこと言ってるんだろうね」

「へえ」


真希はプチトマトを口の中に放り込むと、咀嚼しながらわたしのことをじっと見た。

何だろうか。

わたしは真希がトマトを飲み込むのを待つ。


「わたしが覚えてる限り、空くんはそんなに軽い男じゃなかったと思うけど」

「真希って記憶力あんまりないよね」

「そうだけど。でも空くんのことはよく覚えてる。毎日のように昼休みなると咲彩に会いに来てたし」


真希は箸を置くと、頬杖をついてニヤニヤと笑った。

わたしは眉をひそめる。

真希は何も言わずにいつまでもニヤニヤとしているままだ。

わたしは痺れを切らして尋ねてみる。


「何?」

「だってさ、毎日よ? 本気じゃない人にそこまでしないでしょ」

「そうかな」

「高橋くんも嘆いてたしね」


彼女が懐かしい名前を出す。

高橋くんと言うのはバスケ部の部長だった人だ。

告白されて、付き合っていたことがある。

三年生の時だから、空もいた頃だ。


「高橋くんが?」

「そう。咲彩を空に取られたらどうしよう、って結構本気で悩んでたみたい」

「そんなこと言ってたかな」

「あんたには言えないからって、何故かわたしに相談してきたの」


言われてみれば、高橋くんは空にだけ厳しかったかもしれない。

一年生でエースだから、周りが僻まないように甘やかしていないのだと思っていた。


「あんただけじゃない? 気付いてなかったの」

「何を」

「どう見ても、空くんは本気だったよ、咲彩に」


そんなわけない。

あんなヘラヘラ笑って、簡単に愛の言葉を囁けるような奴が、本気なわけがない。


「確かに咲彩の言いたいことも分かるよ?」

「じゃあどうして、あいつのことを信用するの?」

「咲彩が言ってるのは、雰囲気だけでしょ? そんなの人によって違うんじゃない? 空くんはそういう風に恋する人なんだよ」

「そんなの分からないじゃない」

「分かるよ」


真希はそう断定した。

わたしは意地を張るように反論を考える。

だけど口を開いたのは真希の方が先だった。


「相手には本気を求めるけどさ、咲彩は本気で恋愛したことないでしょ」

「どうして?」

「本気で恋するとね、やっぱり違うよ。空くんはそんな目をしてたと思う。だからわたしは彼が本気だって信用してる」


わたしは押し黙った。

もう、分からなくなってしまった。

自分はずっと空のことを信用していなかったのに、真希はずっと信用していたみたいだ。

ここまで言われると、自分が間違っているのかもしれない、と思い始めてしまう。


「まあ、もう数年前の話だから半分くらい忘れてるけどね」

「ちょっと」


自分の考えが正しいのか分からない。

もしかしたら、真希の言うことが正しいのかもしれない。

空は、本気なのだろうか。

もしそうだったとしたら、わたしは随分と酷いことをしてしまった。


「真面目に聞いてみれば? もし遊びだったら、あっちが面倒臭くなってもうとっくにやめてるはずだよ」

「そうかな」

「きっとね。何かのゲームだとしても、わたしたちが卒業した時点で諦めてるだろうし」


わたしはカフェラテを飲みながら空のことを考えた。

今日もまた、近くまで迎えに来るのだろうか。


「あ、次会う時はわたしも久々に会いたいな」

「絶対にやめて」

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