第4話
そういえば、駅へ行く道はもう通り過ぎてしまっていた。
空は本当にわたしを家まで送るつもりらしい。
「なんでそんな自信に満ち溢れた顔なんだか。何か勝算でも?」
「これと言って。強いてあげるならば、絶対にめげないことくらいでしょうか」
今すぐめげてくれ、お願いだから。
わたしは心の中でそう思いながら、足を止めて空の方に体を向けた。
「聞くけど、どうしたらわたしに興味がなくなる? わたしのこと忘れてくれる?」
彼は驚いたような表情をして戸惑う。
そして少し考えてから、指を立てて言った。
「僕の嫌いなところを一分以内に10個答えてください。それが出来たら忘れてあげます」
そんなことで。
もっと難題が来ると思っていたから、若干拍子抜けした。
わたしは一拍置いてから口を開く。
「しつこい、うるさい、空気が読めない、図々しい、軽い、チャラい、鬱陶しい、面倒臭い、しつこい、邪魔」
彼は数秒目をぱちくりさせてから、耐えられないように吹き出した。
冗談を言ったつもりはない。
わたしは真面目にこいつのことを嫌がっているのだ。
「残念ですけど、『しつこい』が2回入ってます。それに、意味が似すぎです。ていうか自分で提案しておいてアレですけど、結構これ傷付きますね。邪魔、って何ですか」
わたしは空を置いて早足で歩き出す。
その後ろを彼が長い脚でついて来た。
「先輩は、自分で思ってるほど僕のこと嫌いじゃないんですよ」
「脳内お花畑なの? とんだポジティブ野郎ね」
「負け惜しみならいくらでも聞きますよ」
手首が引かれた。
この間もそうだった。
振りほどこうとしても、わたしの力ではびくともしない。
「先輩は、良くも悪くも僕のことをあまり知らないでしょう? もっと僕に興味を持ってください」
「嫌だ」
「僕は諦めませんよ。嫌いなところを10個突きつけられて納得できたら、大人しく引き下がります。だけど、それが出来ないうちは、先輩のこと忘れたりしません」
わたしは手を振りほどくことを諦めて、力を抜く。
空はいつになく真剣な表情をしていた。
こいつもこんな顔をすることがあるのか、と少し驚いた。
「そんな暇があったら、君に告白してくる女の子の一人や二人と付き合うことを真剣に考えてみたら? どうせその子たちの嫌いなところを10個はあげられないんでしょう?」
「何言ってるんですか、先輩。僕は先輩以外の女の子と付き合うことなんて考えたことありません」
「あんたねぇ……」
果てしなく自分のことしか考えていない自己中野郎だ。
先輩として悲しくなる。
こいつはあの頃から何も成長していない。
わたしも高校生の時はこんなに馬鹿だっただろうか。
「先輩、好きです」
「無理」
手の力が緩んだ隙を狙って、空から距離を取る。
持たせていた鞄も奪い返した。
もうついてこないで、という意思表示のつもりだった。
空にもそれが伝わったらしい。
「また会いに行きます。いつか絶対好きにさせますから」
「やめて」
恋愛はゲームじゃない。
恋愛はこんな軽く済ませていいものじゃない。
「それじゃあ、今日はここでさようなら。家についたら、ゆっくり休んでくださいね」
「そうね。君と喋ってると普段の十倍は疲れる」
わたしがいくら悪態をついても彼は笑顔を崩さない。
ニコニコという擬態語が目に見えるくらいの笑顔で、こちらに手を振ってくる。
手を振り返すわけがない。
「君も早く帰りなよ」
「先輩の背中が見えなくなったら帰ります」
「ストーカーなの?」
本当にもうついて来ないか心配だから、先に背を向けたくなかった。
だけど彼が動く気配はまるでない。
仕方なくわたしが先に歩き出した。
「気をつけて帰ってくださいね」
後ろから空の声がした。
わたしは振り向かないで歩いて行く。
奴と別れて随分歩いてから、歩道ですれ違った人と肩がぶつかった。
少しだけバランスを崩して、すぐ隣を通り抜けて行った車にクラクションを鳴らされた。
そういえば、空はずっと歩道の外側を歩いてくれていたことに気が付いた。
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