第2話
「君はさ」
氷が溶けて薄くなってきたカフェラテをストローで混ぜながら、わたしは口を開く。
「よくそれを言うよね」
「それ、と言うと?」
自覚がないのだろうか。
気にするほど、彼の中では重みのある言葉ではないのだろう。
今度はわたしが溜息をついた。
「咲彩先輩だけですよ、っていうやつ」
「ああ」
空は斜め上の空中を睨みつけるように数秒間考えてから、首を捻った。
「僕、そんなに言ってますか」
「言ってた」
こんなにちゃらんぽらんと生きていて、修羅場を招かないのだろうか。
ここまで来ると、この後輩の人生のことが心配になってきてしまう。
「あんまり言わない方がいいよ。女の子ってね、結構そういうの真に受けちゃうから。自分以外の人にも言ってるって知られたら、何されるか分かんないよ」
そう言うと、彼は眉間にシワを寄せて、今度は反対側に首を捻った。
「それは、どういう意味ですか」
「もっと真面目に生きて、って話。これでもわたしは君のことを心配して言ってる」
空は黙りこくって、じっとわたしのことを見つめる。
わたしはその視線から逃げるように、俯いてカフェラテのストローをいじった。
「先輩は、女の子ですか?」
「殴るよ」
「あ、そういうことじゃなくて。性別が女の子なのは知ってます。さっきの先輩の話のことですよ。『君だけだよ』みたいなこと言われたら、女の子は真に受けちゃうんですよね」
「うん、そうだね」
わたしの話をちゃんと聞いていたのか、聞いていなかったのか、空は嬉しそうに笑って言う。
「先輩も、女の子ですよね」
そこでやっと、こいつの言いたいことを理解した。
失言したと言うか、揚げ足を取られたと言うか。
彼に悪気があるのかは知らないけれど、わたしは少し前の自分の発言を赤ペンで修正したくなった。
「先輩は、真に受けてくれないんですか」
「ごめん、空くん。実はわたし、男なんだ」
「先輩、ふざけないで」
「ごめん」
空は楽しそうにクスクスと笑っている。
わたしは面倒臭いな、と思っていた。
わたしは頬杖をついて、何と説明しようか考え始める。
「わたしは、何回もその言葉を言われたから、君が軽い男なんだと思ってる」
「そう思われていたことには、なんとなく気付いてました」
「だから、その言葉を信用してない」
空は一瞬だけ悲しそうな表情を見せた。
大勢いるうちの一人の女に振られたからと言って、どうしてそんな顔をする必要があるのだろう。
「どうしたら、信用してくれますか」
「今後とも、信用するつもりはない」
店員がやって来て、彼の前にアイスコーヒーを置く。
ガムシロップもミルクもあるのだけど、空はブラックのまま一口飲んだ。
「悪いけど、わたしはもう帰らなきゃ。4時からバイトがある」
カフェラテを最後まで飲んで立ち上がると、空がわたしの手首を掴む。
「先輩、よくここに来るんですか」
「答えなきゃいけない?」
「結局どこの大学に進んだのかも教えてもらってません。だから追いかけようがなかった。だけど先輩がここに現れたってことは、この近くですよね」
空は、わたしが通う大学の名前を口にした。
わたしは肩をすくめる。
否定はしないが、肯定もしない。
だけど彼にはそれで満足のようだった。
「先輩の、僕に対する評価はよく分かりました」
「それは良かった」
「だからって諦めませんよ」
わたしはうんざりした表情で彼を見る。
うんざりしていることが、空に伝わるようにだ。
「君はしつこいね」
「粘り強いと言ってください」
彼がわたしの手首を離す。
わたしは背を向けて、会計へと歩き出した。
「先輩、信じてください」
真面目な声色が聞こえても、足を止めるつもりはない。
高校生の頃も、こうやってあしらってきた。
「僕は、咲彩先輩だけが好きです。咲彩先輩じゃなきゃ嫌だ」
そうやって軽く口にするからわたしが信用しないと、どうして分からないのだろう。
わたしだけだとか、わたしじゃなきゃ嫌だとか。
口だけでは何とでも言える。
どんな嘘でも、平気な顔をして吐ける。
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