きみじゃなきゃ嫌だ
長町紫苑
夏の終わり
第1話
大学の近くのカフェで少し遅いランチを取っていると、すぐ隣の窓がコンコンと叩かれた。
顔を上げて窓の外を見てみると、知っている顔がわたしに手を振っている。
なんでこいつがここに。
そんなわたしの表情を見て、奴は面白そうに笑った。
奴は指で店のドアの方を指差すと、窓から離れて歩き出す。
どう考えても「今からそっちへ行きます」という意味にしか取れない。
案の定、カフェの扉が開いて鈴がカランと鳴った。
その音に反応した店員が「いらっしゃいませ」と声を出す。
「一名様ですか?」
「いえ、連れが先に来ているので」
懐かしい声が聞こえる。
わたしはアイスカフェラテをストローで一口飲むと、近づいてきた足音に振り返った。
「連れと言うのは誰のこと?」
「貴女ですよ。僕に振り向いて声を掛けた時点でね」
奴はわたしの向かい側の席を指差して言う。
「ここ、良いですか」
「駄目と言っても座るんでしょ」
「座っても良いよ、という意味だと解釈しますね」
椅子を引いて、腰掛ける。
長い脚をテーブルの下に収めてから、彼は笑顔で身を乗り出した。
「歩いていたら綺麗なお姉さんが目に入ったので驚きました」
「はいはい、どうもありがとう。わたしが知らない間に随分とチャラくなっちゃったのね」
うんざりしながらそう返すと、奴はふにゃりと微笑みながら頬杖をついた。
「お久しぶりです。
「久しぶり。もう1年以上経つか」
「相変わらずお綺麗ですね」
「君は背が伸びた」
そう言うと、奴は嬉しそうに顔を明るくさせる。
「先輩は、背の高い男が好きでしょう?」
「そうね」
この男の名は、
わたしの高校の時の二年後輩だ。
わたしはバスケ部のマネージャーをしていて、こいつは一年生でそのバスケ部のエースだった。
「学校は? 今日は平日だけど」
「覚えてませんか? 今日は創立記念日です。先輩こそ、良いんですか」
「今日の授業はもう終わったの」
わたしはセーラー服で、こいつは学ランで、学校の中でしか会わない関係だったのに、今は何故かお互いに私服で、しかもカフェで相席しているだなんて可笑しな話だ。
空はうるさいくらいの笑顔で、わたしのことをじっと見つめていた。
「嬉しいです。また会えて」
「そう。良かったね」
「先輩は?」
「君さ、何か頼んだら?」
メニューを押し付けてやると、空はそれを開かずにわたしに問う。
「先輩は、コーヒーを飲む男とレモンスカッシュを飲む男、どっちが好きですか」
「心底どうでもいい。君が好きな方を頼めばいいでしょう」
「コーヒーの方が50円安いです」
「じゃあコーヒーにしなさい」
空は通り掛かった店員を呼び止めて、アイスコーヒーを頼む。
わたしはその様子をながめながら、カフェラテを飲んでいた。
店員がテーブルを離れると、空は真剣な顔をして、わたしの方へ向き直る。
「で、先輩は?」
「は?」
「嬉しいですか、僕とまた会えて」
「ああ、その話まだ続いてたのね」
正直に言うと、わたしはこいつのことが苦手だ。
わたしに懐いてくれてるのは分かる。
高校生の頃から、わたしの姿を見つけると授業中でも構わずブンブン手を振ってきた。
バスケ部ではエースだし、顔も悪くないから、こいつが女子から人気があることも知っていた。
だけど、わたしはこいつのことが苦手なのだ。
「嬉しい」
「本当ですか!?」
「って、答えてほしいんでしょう?」
そう言うと、空は落胆したように肩を落とす。
眉を八の字にして、子犬のような目でわたしのことを見てくる。
わたしは腕を組んで、椅子に寄りかかった。
「先輩、僕は真面目に言ってます」
「うんうん。そうやっていろんな女の子を口説き落としてるのね」
空は長い溜息をついた。
お前は何も分かってない、とでも言いだしそうな雰囲気だ。
「先輩は分かってないですね」
想像通りの言葉が返ってきて、思わず笑ってしまった。
となると次の言葉はアレで決まりだろう。
「僕には咲彩先輩だけですよ」
高校生の頃、こいつから何十回も何百回も聞かされてきた言葉だ。
同じ言葉を、どれだけの女の子に囁いてきたのだろうか。
だからわたしは、こいつを好きにはならない。
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