第46話

火影先輩の長い停学が明けると、ようやくいつもの日常が戻ってきた。

当たり前のように一緒に登下校して、学校の休み時間も教室に先輩がやってくる。


「詩乃ちゃーん! お昼一緒に食べよっ!」

「あ、ごめんなさい。わたし友達と一緒に食べたいので」

「えー、ダメ」


先輩は笑顔でわたしに絡み、わたしはそれをあしらう。だけどそれは、笑顔のまま却下される。

少しいつもと違うのは、火影先輩が宮城先輩もつれてきたことだ。

とは言え宮城先輩は、下校時間を待たずにもう帰るらしい。


「今日は晴れてるから屋上行こうよ」

「はいはい、分かりましたから」


わたしが弁当を持って立ち上がれば、火影先輩は嬉々として鼻歌を歌いだす。

そんなわたしたちを観察していた宮城先輩は、呆れたような顔をしてわたしの方を見た。


「これの何が変わったわけ?」

「変わりましたよ」


目に見えた変化はまだないかもしれないけど、わたしが一歩前に進んだことは確かだ。

そう言うと、宮城先輩は「あっそ」と息を吐く。


「俺が期待してたのとは反対側に転がったことはよく分かった」

「ごめんなさい。一筋縄ではいかない、ただの馬鹿なので」


宮城先輩は肩をすくめると、何も言わずに帰っていった。



火影先輩と二人で屋上へ行くと、綺麗な青空が広がっていた。微かに吹いている風も気持ちいい。

それなのに他には誰もいなくて貸し切り状態なのは、ここが火影先輩のサボりスポットだとみんな知っているからだろうか。

隅の方にハンカチを置いて、その上に腰を下ろす。

膝の上に弁当を広げれば、火影先輩がそれを興味深そうに覗き込んだ。


「いつも思ってたんだけど、詩乃ちゃんの弁当ってめちゃくちゃ美味そうだよね」

「ありがとうございます」


いつもなら、それだけで会話を終わらせる。

だけど少し迷ってから、わたしは再び口を開いた。


「いつも、自分で作ってるんです」

「マジで!?」


予想通りの食いつきだ。

先輩の視線が、さっき以上に弁当に釘付けになる。


「お母さんが作ってるんだと思ってたよ」

「昨日の夕飯の余りものを詰めたりする時もありますけど、大抵は自分で」

「すごい、料理上手じゃん! いい奥さんになるね、俺の」

「何て?」


すかさずツッコむけど、先輩はそんなこと気にせずにじっと弁当を見つめていた。

ああ、これはアレが来るな。

そう思った瞬間に、火影先輩はわたしの方を見る。


「ねえ、一口ちょーだい」


先輩は満面の笑みで、予想通りの言葉を口にした。

絶対に言うと思った。

だけど今更、断る理由もない。


「何が良いですか」

「え、本当にくれんの? やった!」


先輩は大喜びで、弁当の方に視線を戻した。

安い男だな、と思う。


「卵焼きは甘いの? しょっぱいの?」

「しょっぱいのです」

「あ、じゃあ卵焼きちょーだい。俺、甘い卵焼きはおかずとして認めてないんだよね」

「なんか分かる気がします」

「お、一緒? じゃあ我が家の卵焼きはしょっぱいので決定だね!」

「我が家とは?」


わたしが真顔になるのとは反対に、先輩は嬉しそうに卵焼きを口にする。

その瞬間、分量を間違えなかったか、火の加減は正しかったか、という不安が一気に押し寄せた。


「痛っ」

「え、大丈夫ですか」


さっきまで笑顔だった先輩が急に顔をしかめるから、血の気が引く。

やっぱり醤油を入れすぎただろうか、と思ってから、先輩が「不味い」ではなく「痛い」と言ったことに気づいた。


「ごめんごめん、平気。口の中の傷にちょっと沁みただけ」


どうやら不味かったわけではないようだけど、それはそれで大変だ。


「傷開いたかも。血出てない?」


そう言うと、先輩は卵焼きを飲み込んでから口を開けて見せる。

傷ということは、あの時のがまだ残っていたのだろうか。

確認しようと顔を近づけると、いつの間にか後ろに回っていた腕に抱きしめられた。


「あの、これは……」

「うーん、口実?」


そう言って火影先輩は顔を寄せてくる。

息がかかるくらい、すぐそばに先輩の顔があった。

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