第42話
その日の深夜、家に警察から電話があった。
新妻先輩とその共犯者たちは逮捕された。
今回は未遂だったとはいえ、余罪がいくらでも出てきたらしい。
しかし彼らは今、病院にいると言う。
翌日、わたしはちゃんと学校に行った。
両親は心配して休むように言ってくれたけど、立ち止まってばかりじゃいられない。
とは言え送られて学校へ行けば、普通に授業を受けるわけではなく、先生に呼び出されて指導室へ直行だ。
いつも以上に疲れ切った顔をしている岩谷先生は、もしかしたら一睡もしていないのかもしれない。
「休めたか?」
「正直、あまり……」
「まあ、普通そうだよなぁ」
先生は苦笑しながらわたしの向かい側に腰かけると、持っていたファイルの書類を見ながら口を開いた。
「火影は、暴力沙汰を起こしたということで、停学処分になった」
その言葉を聞いて、わたしは唇を固く結ぶ。
昨日、火影先輩の行き先はわたしたちの想像通りだった。
新妻先輩たちの元へ乗り込み、警察が到着した時そこは死屍累々となっていたらしい。
「相手への傷害と、今までの謹慎・停学を考慮すると、退学にするべきだという意見も出たんだが、今回は事が事だけにな……。頼み込んで、停学に落ち着いたよ」
「そうですか……」
「外出禁止と反省文の山で許されるんだから、軽い方だと思うぞ」
火影先輩のことを思うと、自分が不甲斐なくなってくる。
落ち込むわたしに、先生は慰めるように言葉を掛けてくれた。
だけど、いくら処分が軽くなったとは言え、先輩が停学になってしまったことは事実だ。
それなのに、わたしはここにいる。
だからせめて自分に出来ることをしたかった。
それが何なのか考えて、一つの結論に至る。
「火影先輩って、先生のクラスなんですよね」
「そうだな」
わたしは膝の上で、拳をぐっと強く握った。
意を決して顔を上げると、先生に尋ねる。
「先輩の家、どこか分かりますか?」
わたしの言葉に、先生は何も言わず無表情でわたしをじっと見た。
その視線に威圧されないように、わたしは背筋を伸ばす。
すると先生は持っていたファイルを少しだけ掲げて見せながら口を開いた。
「ここに、あいつの家の住所が書かれた書類があるわけだが、知ってどうする気だ? まさか会いに行くだなんて言わないよな」
わたしは口を噤む。
停学、外出禁止の意味は分かっている。会いに行ってはいけないということは分かってる。
それでも、会いに行きたい理由があった。
「ただ興味本位で、聞いてみただけです」
口では嘘を吐きながら、わたしは真剣な視線を先生に返した。
他の大人はダメでも、岩谷先生なら。
先輩のこともわたしのことも、よく理解してくれているこの人なら、わたしの願いを叶えてはくれないだろうか。
「ダメだ」
願いも空しく、岩谷先生はあっさりと言った。
「俺の口からは、教えられん」
やっぱり、ダメなものはダメか。
わたしが肩を落とすと、なぜか先生が立ち上がる。
どうしたのだろう、と顔を上げて見れば、先生はわたしと目を合わせないように反対側を見ていた。
「ああ、ヤバい。トイレに行きたくなってきたなぁ」
「え?」
驚くほど、棒読みだ。
「ちょっと部屋を出るけど、大人しく待ってるんだぞ。このファイルは置いていくけど、勝手に見たりとかするなよ。絶対にダメだからな」
この場にいるのが、わたしたちだけで良かった。
もし他の誰かがいたらこんな下手な演技、すぐに見破られてしまう。
「分かりました。絶対に見ません」
「絶対だぞ」
わたしは笑顔になるのを堪えながら、真面目な顔をして答えた。
先生はぎこちなくドアの方へ歩いていく。
そしてドアを開けて廊下に一歩踏み出したところで振り返った。
「この事、口外禁止な」
最後に我慢できなくなったのかニッと笑って言う岩谷先生に、わたしも同じような顔で返す。
「はい、約束します」
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