第41話

俯くわたしに、先輩は呆れたように息を吐いた。

そしてさっきまでよりは優しい口調で、更に言葉を続ける。


「別に俺は『これだけのことをしてもらったんだからあいつの気持ちに応えてやれ』なんてクソみたいなことを言いたいわけじゃない。それに、さっきので思い知っただろ。俺たちとお前は、生きている環境が違う。お互いに、関わらないに越したことはない」


その言葉に、わたしは顔を上げて宮城先輩を見た。

先輩は変わらず鋭い視線をこちらへ向ける。


「だから、好きなのか嫌いなのか、はっきりしろ。嫌いなら本気で突き放せ。ストーカーだって言うなら、警察に突き出せ。そこまでしないと火影は懲りない」


そんなの可哀想だ、と言いかけて、口を噤んだ。

これこそ先輩が「ムカつく」と言う、どっちつかずの状態だ。

わたしが考え込んでいると、見かねた先輩が口を開く。


「お前みたいな馬鹿な不良と一緒にいるから目ぇ付けられる、だっけ?」


それがさっきの自分の発言だと気づき、わたしは「すみません」と謝った。


「別に謝んなくていいよ。今回のことは別だけど、その言い分は間違ってない。でもさ、俺には言えるのに、なんであいつには言わないの? 自分のせいでお前が危ない目に遭うって分かったら、あいつはお前から身を引くよ」


宮城先輩の話を聞いても、わたしは方向を定めることができないでいる。

結局、わたしはどうしたいんだろう?

今の自分は、火影先輩のことをどう思っているんだろう?


先輩の言っていることは正しい。

だけど今日のわたしは容量オーバーで、ちゃんと考えられそうになかった。


「少し、時間を下さい」

「好きにしたら? 別に俺は答えが聞きたいんじゃなくて、現状を変えてほしいだけだから」


そう言うと、宮城先輩は椅子から立ち上がった。

溜まっていた鬱憤はすべて吐き出したらしい。


「じゃあ、後はよろしく」


先輩は窓に近づくと、鍵を開けて全開にする。


「……え、何する気ですか?」

「は? 俺が大人しく説教されんの待ってるとでも思ってたわけ?」


呆れたようにそう言いながら、先輩は窓枠に足を掛けた。

何をする気なのかなんて一目瞭然で、わたしは青ざめる。


「ちょっと連絡遅いから、冷やかしに行ってくるわ」

「待ってください、ここ3階ですよ!?」

「だから?」


わたしの制止なんてまるで聞かず、宮城先輩は窓から飛び降りた。

わたしは思わずぎゅっと目を瞑る。


ズシャッという音が聞こえて数秒後、恐る恐る窓の外を見ていれば、既にフェンスを乗り越えて学校を抜け出した先輩の姿が見えた。

本当に、わたしたちとはまるで違う人種だ。



宮城先輩が出て行って少ししてから、ドアが開いて岩谷先生が戻ってきた。


「おいおい、神山一人かよ」

「止めたんですけど、行っちゃいました」

「ここ3階だぞ? 何のためにこの部屋にしたと思ってるんだよ」


先生は窓の下を見て「死んでも死なねぇ奴らだ」と呟く。

そして諦めたように、わたしが座っている向かい側の椅子に腰かけた。


「警察には、届けた」


そうか、そんなに大きな問題なんだよな。

わたしは背筋を伸ばして話を聞く。


「新妻はあんな事件もあったばかりだしな。証拠はないが、動いてくれるそうだ」


火影先輩は今、どこにいるんだろう。何をしているんだろう。

新妻先輩のところに行ったなら、火影先輩も一緒に捕まってしまうのだろうか。


「わたしは、どうすればいいんでしょうか」


間違いなく、この事件の中心にいるのはわたしだ。

それなのにわたしは何も知らず、何をすることも出来ない。


「親御さんには連絡した。今日は帰ってゆっくり休め」


わたしの質問に、先生は穏やかな口調で答えた。


「それが、あいつらのためにしてやれる一番のことだと俺は思う」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る