第40話

ようやく会話ができる程度に落ち着いたのは、先生が出て行って暫く経ってからだった。

どうやら外は騒がしくなっているようだけど、誰もここに来る様子はない。


「……すみませんでした」


ぽつりとそう呟けば、ずっとスマホをいじっていた宮城先輩が、目線だけを上げてこちらを見る。


「それは、何に対して?」

「全部ですけど……でも一番は、宮城先輩に酷いことを言ったことに対してです」


言い訳になるかもしないけど、感情が不安定になっていたのだ。

それでわたしは、すべて正直に打ち明けることにした。


「本当はずっと、いつかまた新妻先輩が来るんじゃないかって怖かったんです。でもこんなことって初めてだから、どうすればいいのか分からなくて、ずっと何でもないふりをしてました」


いくら平和ボケしているとは言え、そこまで危機感がないわけではないし、神経も図太くない。


「でも今朝は火影先輩の様子がおかしくて、放課後になったらいないし、宮城先輩まで出てくるし。いよいよ本当に大変なことになったんだって、怖くて仕方なかったんです」

「まあ、隠し通そうって言うのが無理な話だったんだよな。俺がお前の護衛なんて、あり得なさすぎて笑えるわ」

「信じたくなくて、現実を受け止めたくなくて、誰かに嘘だって言ってほしかったんです。だから全然余裕なくて、当たっちゃいました。すみませんでした」


わたしが頭を下げると、先輩は溜息を吐きながらスマホをポケットにしまった。


「別に気にしてない。まあ、お前が気にするんなら、俺も好きなように言わせてもらったし、それでチャラってことで」


もう苛立っているようには見えなくて、わたしはほっと胸を撫でおろした。


「……いつから、知ってたんですか」

「俺は結構前から。あいつには二週間くらい前か? あいつが、お前が新妻に会ったらしいって言ってきたから、教えてやった」


そうか、先輩はずっと知っていたんだ。

だからあんな過保護すぎると思うくらいに心配してくれていたのか。


「あいつはさ、お前が怖がらなくて済むようにこのこと秘密にして、ずっとお前から離れないようにして、俺に頭下げてまでお前のこと守ってくれって言ってきたんだよ」


余程のことがないと宮城先輩は動かない、と言ったのはわたしだ。

その宮城先輩が、今も部屋から出て行かずにいるのは、わたしの監視兼ボディーガードのためだろう。

それは宮城先輩の優しさもあるだろうけど、それと同じくらい火影先輩が本気でわたしを守りたいと頼んでくれたのだと思う。


「まあ、それも全部お前は一言も頼んでないだろうし、あいつが勝手にやったことには変わりない。だけどお前が助かったっていう事実には変わりないだろ。それでもお前は、あいつのことをただの鬱陶しいストーカーって言うわけ?」


返す言葉が見つからず、わたしは押し黙ってしまった。

そんなわたしに、先輩はまた顔をゆがめる。


「ずっと思ってたことだけど、火影に対するお前の態度見てるとムカつくんだよ。ここまでされても、お前はあいつの好意に甘えるだけ甘えて、それで終わりか?」

「そんなつもりじゃ……!」

「お前はそんなつもりじゃないとしても、俺の目にはそう見える。火影も、お前と同じように思ってるとは限らない」


わたしが見えなかった部分、見ようとしていなかった部分を、宮城先輩は躊躇なく叩きつけてくる。

それらがすべてクリティカルヒットして、さっきからずっと心にグサリと刺さり続けていた。

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