第39話
「失恋したくらいで絶望するなんて、馬鹿じゃねぇの? そうかと思えば今度は火影で手一杯? あいつのことなんか過ぎたことみたいに忘れてたくせに、再会してみたら『わたしだけは信じてあげたい』とか言い出すんだもんな」
もう我慢できなくなったのか、宮城先輩は饒舌に喋り出す。
「もういい、全部教えてやるよ。その平和ボケした能天気な頭に刻み込め」
嫌だ、やめて、聞きたくない。
そう思うのに、それを口に出すことも、耳をふさぐことも忘れ、わたしは呆けた顔で先輩に一方的に言われるままだ。
岩谷先生が「貴大、やめろ!」と厳しい口調で制止しようとしても、先輩は止まらない。
「お前が大好きだった新妻優斗はな、薄っぺらい笑顔張り付けただけのただのクズだ。あの仮面の下では、次はどの女ハメて遊ぼうかってことしか考えてなかったんだよ」
「貴大! それ以上喋るな!」
押さえようとする先生の手を振り払って、宮城先輩はわたしを嘲笑った。
「一度バレたからって反省するような人間だとでも思ったか? なわけねぇだろ。バレたなら今度は最初から本性晒して生きていくだけだ。今でも毎晩ズコバコ女ハメて乱交パーティーしまくってんだよ」
キーンという甲高く不快な耳鳴りが頭の中に響く。
わたしの想像を超えた、現実味のない言葉たちを消化しきれない。
「俺が嘘言ってると思ってんなら、証拠写真持ってきてやろうか? 結構グロいけど、耐えられる?」
嘘だと思えていたら、こんなに動揺していない。
だけど嘘だと言ってほしかった。
先輩の次の言葉を聞きたくない。
先輩が何を言おうとしているのか、もう分かっていた。
呼吸が乱れて、息が苦しい。手が震えて、勝手に涙が出てくる。
「そんなクソ野郎が大人しく手ぇ引くとでも思うか? あいつは次のターゲット決めて、ずっと狩り時待ってんだよ」
「貴大! いい加減にしろ!」
岩谷先生がすごい剣幕で怒鳴った。
しかし宮城先輩の言葉は鮮明にわたしの耳に飛び込んでくる。
「大変だなぁ? “神山詩乃”さん」
——そう言えば、貴大から詩乃ちゃんのフルネーム聞かれたんだけど、あいつと何かあった?
いつかの火影先輩の言葉を思い出す。
もうあの時からすでに、計画は始まっていたのだ。
「あいつはな、てめぇが一人で歩いてるところ車に引きずり込んでクスリキメさせて、セックス中毒の自分の奴隷にしようとしてたんだよ!」
わたしはどれだけ馬鹿なんだろう。
被害者の女の子が、死んでまで教えてくれたのに。
あの人がどれだけ酷い人間なのか、分かっていたのに。
「もう一回聞く。何が余計な心配だって?」
わたしはもう、何も言えなかった。
すべてを知ってしまった今、間違っていたのは自分で、正しかったのは先輩たちだったことは否定しようがない。
先輩たちはずっと、わたしを守ろうとしてくれていたのに。
宮城先輩を押さえながら話をすべて聞いていた岩谷先生が、ハッと気づいたように先輩に尋ねる。
「火影はどこに行った」
「さあ? あいつからは、今日は休むとしか聞いてない」
「そんなこと言ってる場合か!」
先輩の白々しい嘘に、先生は声を荒げる。
それで先輩は諦めたように口を開いた。
「業を煮やした新妻が今日、無理にでも決行するらしいって話を聞いた」
「場所は」
「あいつは詳しく調べてたみたいだけど、俺は知らねぇよ」
それだけで、火影先輩がどこへ向かったのかは明白だった。
朝、様子がおかしかったことにも説明がつく。
先生はガシガシと頭を掻きむしってからわたしたちのことを見た。
「お前らここから出るんじゃないぞ。喧嘩しても、ただで済むと思うな」
そう言われるまでもなく、わたしは立ち上がることも喋ることもならない精神状態だった。
宮城先輩の方も、これ以上は言うこともないようだ。
二人とも大人しくしているのを見て、岩谷先生は急いで指導室を飛び出していく。
バタバタと走る足音が遠ざかっていけば、部屋の中には沈黙が訪れた。
宮城先輩は椅子に座り直すと、スマホを取り出してそれをいじり出す。
わたしは顔を隠すように俯いて、必死に声を押し殺しながら泣いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます