第38話

指導室に入ったことなんて今までなかったし、まさかこんな理由で初めてお世話になるとは思ってもみなかった。


「ったく、頼むぜ? 普段からお前らの指導がなってないって職員室で肩身狭いんだから。その上、新妻のこともあって、最近じゃ火影が神山に絡んでるだろ? 貴大まで余計な問題起こしてくれるな」

「俺はお前のクラスじゃないじゃん」

「本当そうだよ、お前からも言ってくれよ。なんでお前らの指導係はまとめて俺だってことになってんだよ。まったく、世知辛いよなぁ」


だけど始まったのは説教じゃなくて愚痴で、それだけで「問題起こしてすみません」と反省文を書きたくなるくらいだ。


先生の愚痴を聞いていると、頭に上っていた血がだんだん引いていく。

ようやく冷静に話せそうなくらい落ち着いてきたら、先生が「で?」と尋ねてきた。


「どうして廊下のど真ん中でレアマッチしてたんだ?」


ちらりと宮城先輩の方を見れば、まるで口を開く様子はない。

仕方なくわたしが、宮城先輩との押し問答のやりとりをすべて話した。


「なるほどなぁ。二人のことは分かったが……そもそも、どうして神山は火影に送り迎えされるなんてことになっちゃったんだ? ストーキング行為の一環か?」


その質問に、わたしは口を噤む。

あまり言いたくはなかったけど、この場合言うほかないだろう。

仕方なく、わたしはもっと前に遡って説明をした。


「実は、ちょっと前にわたしが新妻先輩と偶然会ったんです」


そう言うと、先生が眉をひそめる。


「その時は何もなかったんですけど、怖かったって話を先輩にしてから、心配してそれから送り迎えを」

「あー……そういうわけね」

「でもそれ以降は何もないし、わたしだって防犯グッズ持ち歩いたりしてて、もう大丈夫って言ってるんですけど聞いてくれないんです」


岩谷先生はわたしたちの顔を見比べて、何とも言えない様子でまた深く息を吐いた。


「分かった。じゃあ今日のところは神山のご両親に連絡して、迎えに来てもらおう。それならお前ら二人とも文句ないだろ?」

「……はい」


宮城先輩も異論はないようで、何の返事もしなかった。

だから、嫌だったんだ。


わたしは姿勢を崩して、椅子の背もたれに寄りかかる。


「結局、大ごとになっちゃいましたね。親には余計な心配かけたくないから、秘密にしてたのに」


そう呟くと、ずっと窓の外を見ていた宮城先輩の顔がこちらに向いた。

どうやらまた、わたしの発言が気に食わなかったらしい。


「余計な心配?」

「だってそうでしょう? わたし、小学生じゃないんですよ。高校生にもなって危ないから送り迎え付きなんて、過保護にもほどがありますよ」


そうわたしが言えば、先輩は馬鹿にしたように笑う。


「過保護ねぇ」

「違いますか? だって、実際には何も起こってないじゃないですか。先輩たちは普段から問題の多い環境にいるから、過敏になってるだけですよ」

「へえ、そう。お前って本当に笑えるくらい平和な脳みそしてるよな」


またしても険悪なムードになり、岩谷先生が「お前ら、そのくらいにしておけ」と口を挟んだ。

しかし宮城先輩はそんな忠告など聞いていない。

先輩は体ごとこちらを向いて、鋭い目つきでわたしのことを睨みつけた。


「じゃあ聞くけど、いつも火影が隣にいるから、手出そうと思っても手出せない奴らがいるって考えたことは?」


どくり、と心臓が脈を打つ。


「何も起こってない? 当たり前だろ。そのためにずっと火影が傍にいたんだから。何かが起こってからじゃ遅いんだよ」


宮城先輩の言葉に、わたしの体は凍り付いた。

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