第31話
部屋に入ってベッドに倒れ込んだ瞬間、右手に握りしめたままだったスマホがまた着信を告げた。
過敏になっているのか、妙に驚いてしまって肩が跳ねる。
恐る恐る画面を見ると、「北村火影」と表示されていた。
その名前を目にした瞬間、とても安心してしまう。
きっと、さっきの電話も火影先輩だ。
いつもなら無視しているけど、今回は何の迷いもなく応答を選ぶ。
「もしもし」
「詩乃ちゃん? 連絡がなかったから心配になって。何かあった?」
少し焦っているような声色に聞こえた。
わたしはいつも、先輩の言うことなんか無視して連絡なんかしないのに。
さっき電話を拒否したのも、先輩にしてみればいつもと同じように無視されているのだと思ってもおかしくないのに。
それでもこの人は、心配してくれていたのか。
そのことに気づいて、余計に涙が溢れてきてしまう。
「火影先輩……」
「どうしたの!? マジで何かあった!?」
どうしても涙交じりの声になってしまって、泣いていることは隠せなかった。
気づいた火影先輩が、さらに焦った声を出す。
「電話くれて、本当にありがとうございます」
あそこで先輩から電話が来なかったら、わたしは今頃どうなっていたんだろう。
そう思うと、また震えが止まらない。
「怖かった……」
嗚咽が漏れて、手で口元を押さえる。
それでも抑えが利かず、電話口で泣きじゃくってしまった。
わたしが泣いていることに、火影先輩が狼狽えているのが電話越しに伝わってくる。
こんなの迷惑にしかならないんだから泣き止まないと、と思うのに、どうやったら落ち着けるのかが分からなくなった。
「ごめん、俺が無理にでも送って行ってあげればよかった」
「ううん、断ったのはわたしですから」
こんなことになるなら、先輩の言葉に甘えていればよかった。
だけど、こんなことになるなんて、誰が予想できただろう?
わたしが泣き止めずにいると、火影先輩が「ねえ」と言葉を切り出す。
「今から、会いに行っていい?電話越しじゃ、俺何も出来ないよ」
何故か、先輩も泣き出しそうな声だった。
会いたい。
全て話して、誰かにそばにいてほしい。
「ううん、来ないでください」
だけど、出来ない。
家に先輩が来たら、家族に心配をかけてしまう。
だからと言って、わたしが外に出るのは怖い。
「大丈夫です、もう家に帰って来てるので」
「そっか……。家にちゃんと誰かいる?」
「はい。一人じゃありません」
「それなら良かった」
それに、これ以上は火影先輩に甘えられなかった。
初めて火影先輩に会ったのも、わたしが泣いている時だった。
あの時は、突然頬を舐められたんだっけ。
ファーストコンタクトがあんなに衝撃的だと、警戒心が解けないのも当たり前だ。
それにしても、どうしてわたしが弱っている時には、必ず火影先輩が現れるんだろう。
「何があったのか聞きたいけど、今はやめておく。月曜日会った時に聞かせて。だから今日は忘れてゆっくり休んでね」
「はい」
「寝られそうになかったら、電話して」
「はい」
どこかから四六時中監視しているんじゃないよな、と疑ってしまう。
それでわたしの弱みに付け込もうって考えてるとか。
あり得ないとは思うけど、もしそうだった場合、作戦は概ね成功だ。
その度に少しずつ先輩に心を許してしまっている自分がいるから、もうこれ以上は甘えたくない。
だって、離れられなくなる。
「あと、これは俺からのお願いなんだけど、明日はあんまり家から出ないようにしてほしい。俺、ちょっと明日は会いに行けないんだ。心配で死にそうになるから、安全なところにいて」
「そうします」
今だって、先輩の声を聞いていたらいつの間にか泣き止んでいた。
それを認めたくなくて、どんなトリックを使ったんだ、と問い詰めたくなる。
「落ち着いてきた?」
「はい。もう、大丈夫です。ありがとうございます」
「うん、そっか」
悔しいなぁ。
悔しい、と思うことが悔しい。
だってそれは、もういつもの自分に戻ったということだから。
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