第28話

予定より早く買い物は終わったのに、なんだかんだ火影先輩に付き合わされて、「そろそろ帰ろうか」と切り出されたのは日が沈み始めた頃だった。


「送っていくよ」

「結構です」

「そう言わずに」

「お願いだからもう休ませてください」


押し問答の末、月曜日の朝は家まで迎えに行ってもいい、という先輩の提案を渋々了承して、今日は一人で帰ることを許してもらう。

結局、先輩の思い通りになっている気がしてならない。


「じゃあ、また月曜日。家に着いたら連絡してね」

「覚えてたらします」

「じゃあ俺の方からメッセージ送りまくろうかな」

「あー……連絡します」

「最初から素直に頷いてればいいんだよ?」


付き合ってはいけない男No.1のような発言をしながら、先輩はにこやかに手を振ってきた。

わたしは会釈をしてから、帰り道を歩き出す。


「気を付けて帰ってねー」


後ろから先輩の間延びした声が聞こえたけど、面倒くさくて振り返らなかった。

あんたよりはよっぽど用心してるし、変な人に絡まれるリスクも低いですよ。


先輩の声が聞こえなくなるくらい離れると、どっと疲れが押し寄せてきた。

あの人と一緒にいると常に警戒心を張り詰めているから、体力の消耗が早すぎる。

もう今から月曜日のことを考えて、憂鬱な気分になってきてしまった。


家の近くまで来る頃には、もう随分と暗くなってしまっていた。

家の灯りや街灯の光はあるけれど、大通りから一本入っただけで人通りはぐっと少なくなる。

とは言えいつも通っている道だし、家もすぐそこだから、別に怖いわけでもない。

わたしは特に気構えることもなく、ただ普通に道を歩いていた。



「神山?」


もう家に着くまであと数100メートル、というタイミングだった。

突然、後ろから声を掛けられてわたしは足を止める。

いや、止めたというよりは、竦んでしまって動けなくなったに近い。


指先から体温が急激に下がっていって、警告音のように鼓動が早まった。


その声を、わたしはよく知っている。


「神山詩乃、だよな?」


もう一度声を掛けられて、足音がゆっくりと近づいてくる。


振り返っちゃだめだ。

いや、振り返ってみて。


矛盾する思いが脳内を駆け巡る。


強張る体をやっと動かして振り向くと、そこには一人の男性が立っていた。


「やっぱりそうだ。久しぶり」


暗がりにいた男性が近づいてきて、その顔が街灯に照らされる。



わたしに微笑みかけるその男性は、新妻優斗だった。

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