第27話
フラペチーノを飲みながら、わたしは先輩のことを白い目で見る。
そんな冷たい視線をものともせず、先輩はとろけた熱い視線をわたしに向けていた。
「先輩って、やっぱり変な人ですよね」
「何がー?」
「だってそもそも、わたしのこと好きになるとか意味が分かりません。しかも一目惚れとか、俄かには信じ難いです」
「何で何で? 詩乃ちゃんめっちゃ可愛いじゃん!」
わたしが一目惚れされるほど可愛らしい容姿でも、雰囲気でも、性格でもないことは、自分自身が一番よく分かっている。
「モテる」なんて言葉とは程遠い場所で生きてきた人間だ。
可愛いと褒められるのはもちろん嬉しいけど、心当たりがなくて逆に気味が悪い。
「見る目がないのかな。そう言えば宮城先輩がそんなこと言ってましたよね」
「貴大が? あー、言ってたかもね。失礼な奴だ。でも俺に言わせれば、あいつの方が変なんだよ」
北村先輩――火影先輩は、拗ねたように口を尖らせて、宮城先輩の悪口を並べ立てる。
女の子に興味がないとか、もしかしてとんでもなく変な性癖を持っているんじゃないかとか、言いたい放題だ。
本人に聞かれたらどうなることやら。
だけど宮城先輩は意外と硬派だったりして、とわたしはこっそり思っている。
ひとしきり親友をディスり終えたところで、火影先輩は一息吐いてわたしの方を見た。
そして優しげに目を細める。
「確かに、俺が詩乃ちゃんを好きになった入り口は見た目だよ。もちろん顔も好みだけど、あの時俺を見て目に涙溜めながらすごいびっくりした顔してたのがキュンときちゃったんだよねぇ。好きになったのはそれが理由」
つまり、わたしは途轍もなく運が悪かっただけ、ということらしい。
「でもさぁ、別に一目惚れって悪いことじゃないと思うんだよね」
わたしが自分の運の悪さに落ち込んでいると、何を誤解したのか先輩は持論を展開し始める。
わたしが嫌がっているのは、一目惚れだっていうところではないんですけど。
だけど訂正はせずに、取り敢えず話は聞いておくことにした。
「だって、今は中身も含めて詩乃ちゃんのこと大好きだもん。見た目から好きになっても、その後で知っていった内面の部分も嫌いなところなかったんだよ? これってすごいことじゃない?」
「え、わたしあんなに拒否したのに? それでも嫌いなところなかったんですか?」
「うん、全然」
「何それ怖い」
それって、逃げようがないじゃないか。
嫌われたくても嫌ってもらえないなんて、字面だけ見ると贅沢な悩みだけど、実際に体験するとまるで地獄だ。絶望が突き抜けて、もう溜息しか出ない。
そんなわたしとは裏腹に、火影先輩は満面の笑みを浮かべてわたしを見つめる。
「俺たち運命なんだよー」
「勝手にわたしの赤い糸を切って、自分の糸と繋げないでください」
「えー、じゃあ詩乃ちゃんのその赤い糸は誰と繋がってたのかなぁ」
そう言われた瞬間に顔が思い浮かぶ人が、その時のわたしには一人もいなかった。
「火影先輩じゃない、別の誰かでしょうね」
「うわー、拒否られてるのに名前で呼んでもらえたことの方が嬉しいー」
「かなり気持ち悪いです」
自分でも気づかないうちに毒されてるなぁ、と思う。
それが良いのか悪いのかは、まだ分からない。
ふと思いついたことがあって、わたしは先輩に尋ねてみる。
「仮にわたしが別の人と両想いになったとして、その人が先輩の目から見ても足元にも及ばないような人だったとしたら、手を引いてくれますか?」
今は恋愛休暇中だけど、これから運命的な出会いをする可能性は十分あるはずだ。
その時も火影先輩に付きまとわれていたら困る。
とは言えこの人がそんな簡単なはずがないから、こんな質問をしても無駄かもしれないけど。
半ば諦めているわたしの思った通り、先輩は笑顔のまま答える。
「ダメだよ、詩乃ちゃん。人の命は大切にしなきゃ」
「怖い怖い怖い」
想像の遥か先を行く回答に、わたしは質問したことを後悔した。
冗談じゃなく、この人ならやりかねない。
これじゃあ、誰かを好きになるのはかなり先の話になりそうだ。
なんとか別の対策を考えようとわたしが頭を悩ませていると、何かを思い出したように火影先輩が「そう言えば」と口を開く。
「貴大から詩乃ちゃんのフルネーム聞かれたんだけど、あいつと何かあった?」
不思議そうな顔をする先輩に、わたしも首を傾げるしかない。
宮城先輩に嫌われている自覚はあるけど、他に興味を持たれる理由が思い当たらなかった。
「さあ、心当たりありませんけど……」
「俺、親友と殺し合いなんてするの嫌だからね?」
「有り得ないので落ち着いてください」
宮城先輩がわたしを好きだという可能性は皆無だ、と断言できる。
火影先輩の恋に協力するため、という可能性もあるけど、恐らく違うだろう。
残る可能性は、わたしを潰すため……?
いや、まさか、そこまではしないでしょ。
また面倒くさいことに巻き込まれそうな予感がして、わたしは考えることをやめた。
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