第26話
先輩は残念そうな表情でストローをくわえながら文句を言う。
「全然、揺らいでくれないよねぇ」
「北村先輩じゃなかったら揺らいでたかもしれませんけどね」
「厳しいなぁ」
拗ねて頬杖をついていた先輩は、突然「そうだ!」と思い出したように言うと、椅子に深く腰掛けていた体を起こしてわたしの方を見た。
「俺はずっと『詩乃ちゃん』って呼んでるのに、詩乃ちゃんは全然俺のこと名前で呼んでくれないよね。『北村先輩』って硬くない?」
また何か面倒くさいことを言い出したぞ。
そんなことどうでもいいじゃないか、と思いながらわたしは適当に返事をする。
「先輩が馴れ馴れしいんですよ」
「えー? ていうか、俺の名前ちゃんと知ってる?」
「知ってます」
「じゃあ言ってみてよ」
そう言って、先輩は期待で目を輝かせていた。
その思惑に気づいたわたしは、少し考えてから口を開く。
「北村火影、ですよね」
「えー、そこは『火影先輩』って照れながら言うところじゃん!」
「別に指定されてなかったので」
その手には乗るものか。
落ち込む先輩を無視して、わたしは期間限定のフラペチーノを美味しく頂いた。
だけどその程度で先輩が引き下がるわけもない。
次の瞬間にはもう笑顔を浮かべてわたしの方を見た。
「じゃあ、これからは俺のことを下の名前で呼ぶこと!」
「嫌です」
「残念、それじゃあこれも究極の二択にしようかな。名前で呼ぶか、間違えるたびにキスするか」
「相変わらず最低ですね」
わたしが心底嫌だという顔をすると、先輩は「酷いなぁ」と言いながらそうは思っていないように笑う。
この人は、自分とのキスを罰ゲームのように扱って、自分で傷付かないのだろうか。
ああ、でもこの人は馬鹿だから、そういう扱いをしてしまっていることに気づいていないのかもしれない。
「ほら、言ってみてよ」
「何でそんなにこだわるんですか」
「分からないかなぁ、好きな人に名前呼んでもらえる幸せが」
乙女のようにうっとりとした表情で、先輩は頬杖をつきながら言う。
そう言われると、分からないわけではないから弱い。
そりゃあわたしだって、「神山」と呼ばれるよりは「詩乃ちゃん」と呼ばれることを夢見ていたけど。
「……火影先輩」
渋々、望み通りファーストネームを口にしてみた。
すると先輩は嬉しそうに顔を最上級に緩ませて、「なぁに」と首を傾げる。
何、って別に、呼んでみただけ。
そんなやり取りがまるでバカップルのようで、わたしは顔を歪めた。
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