第25話
仕方なく北村先輩と一緒に出かけて行って、買い物をする羽目になってしまった。
横からあれこれと口を挟んでくることを覚悟していたけれど、買い物をしている間は思いのほか大人しい。
わたしの一歩後ろを黙ってくっついて回るだけだった。
それでも先輩に張り付かれている状況ではゆっくり見て回れるはずもなく、趣味がバレてしまうのも嫌だし、予定よりも早々に切り上げることにした。
本屋で参考書を買って店を出たところで、わたしは先輩の方を振り返る。
「これでわたしの用は済んだんですけど」
「お、そう? 早かったね」
本当はもっと色んなところを見て回りたかったのに、あんたがいるからやめたんですよ。
ムッとするが、そんなことを言えば「気にしなくていいのに」と面倒くさいことになりそうだから、不満を出すのは表情だけに留めておいた。
「じゃあ、ここからは俺の用事に付き合ってもらおうかな」
「え、そんなの聞いてないです」
「だって言ってないもーん」
反論する間も与えてくれず、先輩はわたしの手を掴んで歩き出す。
そして連れて来られたのはコーヒーショップだった。
このお店はわたしも好きだし憧れるけど、高校生のお財布事情を考えるとそう簡単に入れるような場所ではない。
店内ではお洒落な人たちが愛用のPCを広げて、それで作業をするわけでもなくただ優雅にコーヒーを飲んでいる。
わたしが口を開けて高額なメニューを眺めていると、それを見て北村先輩がくすくす笑う。
「奢ってあげるから、好きなの選びなよ」
「え、奢ってくれるんですか?」
「うん、もちろん」
そう言って微笑む先輩のことを少しでもカッコいいと思ってしまったのは、ここだけの話だ。
だけどすぐに考え直して、わたしはバッグから財布を取り出した。
「先輩はもっと考えてお金使った方が良いですよ」
「だから一番大事なことに使ってるじゃん」
「絶対に無駄遣いですって」
「何で? 詩乃ちゃんのためなら俺、何だってするよ?」
恐ろしい発言は聞かなかったことにしておく。
先輩のお金とは言っても、それは実際には先輩のご両親が汗水流しながら働いて得たお金だ。
それをこんな馬鹿息子の意味の分からない理由で散財させるわけにはいかない。
「今日俺に付き合ってくれたお礼ってことで。それなら無駄じゃないでしょ?」
それでも先輩は、財布を開けようとするわたしの手を押さえて言う。
付き合ってくれた、って、確かに勝手についてきたのは先輩の方だけど、今までの用事はすべてわたしのだったのに。
「だから気にせず奢られちゃいなよ。今まで俺に何されたか忘れたの?」
「それ、自分で言いますか」
確かにこの人には貸しばかりだから、たまにはこのくらい借りがあっても、それでもまだわたしの貸しの方が大きいくらいだ。
それに、どうしても譲る気はないらしい。
ということで厚意を無駄にせず、有難く奢ってもらうことにした。
「それじゃあ、ご馳走になります」
「うんうん、それでいーの」
大人しく財布をしまうと、先輩は満足げに微笑む。
ご馳走になります、とわたしは、会ったこともない先輩のご両親に心の中でもう一度頭を下げた。
先輩に注文を任せて、わたしは先に席で待つことになった。
こういうところは紳士なくせに、どうして普段からそういう行動ができないのだろうか。
ちょうど空いていた二人掛けテーブルの奥の席に腰かけて、カウンターの前に立つ北村先輩の後姿をぼんやり眺める。
先輩は店員のお姉さんに話しかけて、二人で何やら楽しそうに笑っていた。
知り合いと言うわけでもないだろうに、コミュニケーション能力が高いのは素直にすごいと思う。
明るくてフレンドリーだし、普段の話は面白いし、本性さえ知らなければ、老若男女問わず好感度は高そうだ。
そんな先輩がどうして、わたしのことを好きになったんだろう。
わたしはどこにでもいるような生徒Aだ。
主人公タイプの北村先輩になら、自分を好いてくれるヒロインのような女の子が現れそうなものだ。
それなのに、どうしてピンポイントでわたしなのかなぁ。
自分の運の悪さに、ついつい溜息が漏れる。
「どうしたの? 俺がカッコよすぎて見惚れちゃった?」
そんな馬鹿げたセリフが降ってくるのと同時に、ドリンクがわたしの前に置かれた。
そして同じものを持った北村先輩が、わたしの向かい側に座る。
「あり得ません」
「えー、1ミリくらいは思わない?」
「思いません」
そう返事をしながらカップに手を伸ばすと、可愛らしいイラストが描いてあることに気づいた。
「そっち、店員さんに頼んでホイップ多めにしてもらっちゃった」
そのことを喋っていたのか、と納得しつつも、その会話のどこに笑う要素があったのだろうかと疑問に思う。
それでも一応「ありがとうございます」と先輩にお礼をしておいた。
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