第23話

とある休日のことだ。


学校一の問題児に追いかけ回される平日がようやく終わり、やっと一息つける週末は、わたしにとって貴重な時間だった。

彼の出現にビクビクと怯えることも無く、ゆっくり過ごせる束の間のオアシス。


そのはずなのに。


土曜日の午前中、さっきからスマホが鳴りやまない。

さっさと課題を終わらせてしまおうと思っていたのに、三分に一回ほどの頻度で鳴る通知のせいで、まったく集中できない。

最初の5回くらいでマナーモードにはしたけど、それでもバイブ音が耳障りだ。


犯人は、確認しなくても分かっている。

このタイミングも、このしつこさも、北村先輩以外考えられない。

だから無視しているのに、彼の辞書には「諦める」という言葉がないのだろうか。

かれこれ数十分は放置し続けているのに、一向に通知が鳴りやむ気配はなかった。


少し難しい問題に頭を悩ませていても、気が散ってしまって全く考えがまとまらず、苛立ちが募っていく。

とうとうキレたわたしは、次に通知が来た時スマホを手にしてしまった。

画面を確認すれば、メッセージではなく電話だ。

一言文句だけを言って、切ってしまおう。

そう思って、わたしは応答ボタンをタップした。


後で考えれば馬鹿なことだと思うけど、その時は苛立っていてそんなことに気づく余裕すらなかったのだ。


「もしもし」

「あ、出た!」

「何の用ですか」


わたしは冷たい口調なはずなのに、北村先輩の方は顔を見なくても満面の笑みだと分かるような、とても上機嫌な声色だ。

その声を耳にした瞬間、失敗したことに気づき、どうしようもない後悔がわたしを襲った。


北村先輩の思い通りになったら負けだ。

電話に出てしまった時点で、わたしの敗北は確定してしまった。

だけどまだなんとか逃げ道を作れないだろうか、とわたしは足掻いてみる。


「今わたし勉強中なんです。気が散るので邪魔しないでもらえますか?」

「えー、家でも勉強してんの? めっちゃエラいね」

「先輩も少しはお勉強したらどうでしょうか」

「うーん、俺はそういうの専門外だから」


そういう問題じゃないだろ、と思うけど、ツッコんでも意味がなさそうだから口にはしなかった。

勉強中だということを言い訳にしても、それに重要性を感じていない北村先輩には無意味なようだ。

やっぱりここは問答無用で切るべきか、とわたしが思っていると、電話の向こうの先輩が口を開く。


「朝からずっと勉強してんの?」

「そうですけど」

「じゃあ、疲れてきたんじゃない?」


そう言う先輩の口調は、わたしを労わってくれているものなんかではない。

絶対に何かを企んでいるはずだ。


「何が言いたいんですか」

「やっぱりさー、頑張りすぎるのも良くないし、息抜き的なのって必要だよね」


それを聞いて、続く言葉の想像がついたわたしは「冗談じゃない」と返そうとする。

だけどそれよりも先に、先輩が口にしてしまった。


「ということで、今から遊びに行くね」


そう来たか、とわたしは頭が痛くなってくる。

一緒に遊びに行こう、と言われると思ったのだ。

だけど先輩が口にしたのは、わたしの家に来るということで。


「いつも送って行ってるから、家の大体の位置は分かるし。今から行くね」


これこそ本当に冗談じゃない。

一体何のために、毎日送ってもらうのを大きな通りまでにしていると思っているんだ。

北村先輩にわたしの家を教えたくないからに決まっている。

大体の位置を知られるのも本当は嫌なのに、妥協して受け入れているのだ。

それなのに家の前までなんて、本気でわたしの胃に穴が開く。


「結構です。というか本当にやめてください!」

「えー? 詩乃ちゃんは俺に会いたくないの?」

「会いたくないです」

「でも俺は詩乃ちゃんに会いたいもん!」

「そんなの知りませんよ!」


自己中にも程がある。

わたしのことが好きなら、わたしの都合も考えてくれればいいのに。

惚れた弱み、という言葉があるけど、先輩には当てはまらないようだ。


「それに、言ったじゃん。息抜きしないとパンクしちゃうよ?」

「息抜きなら午後から出かける予定なので、それで十分です。だから絶対に家に来ないでくださいね? いませんから」


何とかして回避しようと必死だった。

わたしはそれだけ言うと、先輩の返事も聞かずに電話を切る。


その時はまだ、自分の失言に気づいてはいなかったのだ。

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