第22話

キスは没だけど代わりに何か、と考えて、一つ思いついた。


「先輩、今スマホありますか」

「ん? あるよ?」

「貸してくれますか」


わたしがそう言うと、先輩はスマホを取り出して何も躊躇する様子もなく、ロックを解除した上で渡してくる。

この人のセキュリティ大丈夫か、と少し心配になった。


それを受け取ったわたしは、自分のスマホも取り出すと、メッセージアプリを開く。

それを見て、北村先輩は目を輝かせた。


「もしかして、友達登録してくれるの!?」

「わたし、返事遅いですからね。既読スルーとか常習犯だし」

「全然気にしない! 貴大もだし!」


それは、本当に親友と言えるのだろうか。

そう思いながら、わたしは先輩のスマホで自分のアカウントのQRコードを読み取った。


不本意だけど、キスよりは全然マシだ。

それにこれなら、いざとなればブロックという手がある。


「通知多かったら、容赦なくブロックしますからね」

「えー、マジで? じゃあ、されない程度に頑張るよ」


先輩のスマホにわたしのアカウントが表示されたことを確認すると、わたしはスマホを先輩に返した。

自分の手で友達に追加するのは、なんだか癪だ。


「というか、わざわざメッセージをやり取りする意味が分からないんですけど。何を送ってくるつもりなんですか?」

「そんなの『おはよう』とか『おやすみ』とか?」

「却下です。してきたらブロックします」

「えー!?」


そう会話している間に、北村先輩はわたしを友達に追加したようだ。

わたしのスマホにも通知が来るけど、無視して放置しておく。


「でも嬉しい。ありがとねー」


頬を緩ませた先輩が、わたしのアカウントをお気に入りにしているのが見えた。

まったく意味が分からない。

わたしの連絡先一つで、何をそんなにはしゃいでいるんだか。


と、そこまで思ってふと思い出す。

そう言えばわたしも、新妻先輩の連絡先が知りたかったな。

結局、知らずじまいだったけど。

学校で会って二言三言話せるだけで、満足だとさえ思っていたけど。


あの人の連絡先を知らなかったくせに、北村先輩の先輩の連絡先は知っているなんて、本当に不本意だ。


ぼうっと考え事をしていて、ふと気づく。

「思い出す」ということは、それまで忘れていたということだ。


事件の前も直後も、新妻先輩のことが頭を埋め尽くしていたのに、今では忘れてしまうほどにわたしの中で存在が薄れてきている。

好きだけど、軽蔑して、嫌いにならなきゃいけなくて、それでもまだ好きで……なんていう葛藤さえも、今ではすっかりなくなっている。


思い出せば苦い気持ちになるしチクチクと胸は痛むけど、前と比べたらほんの少しだ。

良くも悪くも、今のわたしは北村先輩のことで手一杯で、他のことに気が回らなくなっている。


そんな事を考えながら先輩のことを見ていると、わたしの視線に気づいた彼が顔を上げてにこりと微笑んだ。


「今、試しに送ってみたんだけど届いた?」


そう言われて画面を見れば、確かに通知が来ていた。

メッセージでもスタンプでもなく、写真のようだ。

不思議に思いながら、わたしは先輩とのトークルームを開く。


「……何ですか、これ」

「詩乃ちゃん」

「分かります。それがどういうことかって聞いているんです」

「隠し撮り?」

「消してください!」


先輩のスマホを奪おうと騒ぎながらふと時計を見ると、あと五分でチャイムが鳴る時間にまで迫っていた。

写真は諦め、わたしは急いで立ち上がる。


「もう戻ってもいいですか。友達登録したから罰ゲームはチャラですよね」

「うーん、まあ、そうだね。キスはしてもらってないけど、それはまた今度のお楽しみということで」

「北村先輩とは一生しませんから!」


そう叫びながら、わたしは空き教室を飛び出して自分の教室へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る