第21話

先生に見つかって追いかけられても、北村先輩はわたしを担いだまま走って逃げた。

お母さん、お父さん、わたしが死んだら裁判を起こして、この男を牢獄にぶち込んでください。

そう祈っている間に、先輩は空き教室に逃げ込んで、そこでようやくわたしは降ろされた。


久しぶりの地上にふらつきながら、わたしは状況を確認する。

先生が追いかけて来るような物音は聞こえないから、どうやら振り切ったようだ。


教室内を見渡すと、授業で使われている様子はないのに思いのほか空気は淀んでいない。

恐らく北村先輩がよく利用しているのだろう。


「罰ゲーム、今日はずっと俺と一緒にいてよ」

「ずっと、って……一日中ですか? わたしも授業をサボれと?」

「うん」


笑顔で頷く先輩に溜息を吐きながら、わたしは壁に掛かっている時計を見た。

授業が始まるまでには、まだまだ時間がある。


「戻りたい?」

「もちろんです」

「そう言うと思ったー」


無造作に置かれている机の上に腰を下ろすと、先輩はわたしの手に触れて握った。

逃げられないように、だろうか。


「じゃあ、お願い聞いてくれたら帰してあげる」

「はい?」


自分の指とわたしの指を絡ませるように手を握りながら、先輩は笑顔で言った。


「キス、させて」


連絡先を教えろ、家まで送らせろ、自分から会いに来い、と最近はやたら脅迫めいたお願いが多いとは思っていたけど。

挙句の果てにはこれか。

わたしはそこまで驚嘆することも無く、真顔で返した。


「普通に嫌ですけど」

「えー? 減るもんじゃないんだし」

「何かが減ります!」


どう考えても、するわけがない。

何とも思ってない人とするのも嫌なのに、大嫌いな人となんて考えたくもない。


「まあ、ここで簡単にキスしてくれたら詩乃ちゃんじゃないよねー。もしそうしてたら心配で離れられなくなっちゃう」

「ストーカー発言やめてください」


ゾッとして握られた手を振り払おうとしたけど、それよりも先にぎゅっと強く握りしめられて叶わなかった。

北村先輩は「うーん」と困ったように唸る。

なんか、今日は様子がおかしい。


「理由言ったらしてくれる?」

「しませんけど、まともな理由があるなら聞いて代替案を出します」

「なるほどね」


真意を探ろうと思って提案すると、先輩は珍しく普通の顔をしてわたしをじっと見つめてきた。

なんだか居心地が悪くて、わたしは「何ですか」と眉をひそめる。


「詩乃ちゃんからのプレゼントが欲しい」

「どうして?」

「俺が今日、誕生日だから」


そう言って先輩は、照れたようにはにかんだ。

想像していなかった言葉に、わたしは言葉に詰まる。


「えっと……おめでとう、ございます」

「ありがとー。ということで、キスしてよ」

「それは嫌です」


即答で拒絶すると、先輩は納得がいかないと言った表情で首を捻った。


「何でダメなの?」

「先輩のことが好きじゃないからです」

「じゃあ好きになって」

「無理です。逆にどうしていけると思ったんですか?」


とは言え、誕生日と聞いてプレゼントをあげないのも多少は良心が痛む。

それに傘を返しに行くという約束を破ったことも事実だ。

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