第19話

委員会のおかげで今日は回避できると思ったのに、結局こうなってしまう。

それでもわたしは希望捨てず、何とか逃げ道はないものかと模索した。


「結構です。先輩、他人の傘は勝手に使っちゃいけませんよ」

「いや、借りパクじゃないからね。正真正銘俺の傘」


先輩は壁に立てかけていた透明なビニール傘を掴むと、わたしに見せてくる。

そう言われたって、信頼できるわけもない。


「持ってきてたんですか? 天気予報も晴れだったのに?」

「まさかぁ。持って帰ってなかっただけだよ。置き傘っていうの?」


それならあり得る、納得してしまう。

いよいよ逃げ道がなくなり、本当に神様がわたしを嫌っているようにしか思えなくなってきた。


「だから送ってあげる。ほらほら、遠慮しないで」

「親に迎え頼むので本当に大丈夫ですから」

「いやいや、そんな手を煩わせるわけにはいかないよー。親は大事にしなきゃ」

「それをあなたが言うんですか」


だけどそれもその通りだから、あまり強く反論もできない。

迎えに来てもらわないとしても、先輩と一緒に帰るくらいなら、わたしは雨に濡れながら帰る方を選ぶ。


「それなら、一人で帰ります。さようなら!」


不意を突いて走り去ろうと、わたしは一歩踏み出す。

だけどわたしが距離を取るより、先輩が手を伸ばす方が早かった。


「それはナシだよー。俺が詩乃ちゃんを濡らして帰らせるわけないじゃん」


わたしだって足はそこまで遅くないはずなのに、恐るべき反射神経に戦慄する。


「じゃあ、分かった。この傘貸してあげるよ」


わたしを屋根の下まで引き戻した北村先輩は、そう言ってわたしに傘を渡してきた。

有難い申し出だけど、とても信じ難く、わたしは勢いよく先輩の顔を見てしまう。


「……え、いいんですか?」

「うん、いいよ。どうせ貴大も傘持ってるから、俺はこいつと相合傘して帰るし」

「は? しねぇよ?」


北村先輩が、わたしと一緒に帰ることをあっさり諦めるなんて。

熱でもあるのではないかと疑ってしまうわたしは、すっかり思考を毒されてしまっている。


「俺と一緒に相合傘して帰るか、俺の傘を借りて一人で帰るか。どっちがいい?」

「すみません、傘お借りします」

「少しは悩む素振りくらい見せてくれてもいいんだよ」


そう言っているけど、あまり落胆しているようには見えない。

わたしがまだ怪しんでいると、先輩は笑顔で口を開いた。


「ただし、絶対返しに来てね。元の場所に戻して終わり、っていうのはナシだからね?」


それを聞いて、わたしは深く息を吐く。


「それが狙いですか」

「詩乃ちゃんの方から、俺に会いに来てほしいなぁ」


北村先輩は楽しげにそう言うと、わたしの頭を撫でた。

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