第18話
数日後、その日は放課後に委員会があり、少し帰るのが遅くなった。
もちろん北村先輩には伝えていないし、先輩が来る前に教室から逃げ出したから、今日は帰りに捕まる可能性は低い。
そのことに安心していたのも束の間、集会中に窓の外を見てわたしは思わず顔をしかめた。
いつの間にか、雨が降っている。
朝は晴れていたし、天気予報でも一日晴れだと言っていたはずなのに。
夕立だろうか。
傘持ってきてないのに、ついていない。
委員会が終わっても雨は降り続いていた。
軒下で止むのを待っていても、中々降り止む様子がない。
諦めて、親に迎えを頼もうとスマホを取り出した時だった。
「あー、いたー!」
完璧なまでのバッドタイミングで、見つかってしまった。
わたしは咄嗟にスマホを持つ手を背中に隠す。
だけど先輩が気づかないはずもない。
「しーのーちゃん。今隠したやつ見せてよー」
「嫌です」
「えー? 俺、先輩だよー?」
「やり口が汚いですよ」
「詩乃ちゃん落とすためだったらなんだってやるよー」
駆け寄ってきた北村先輩は笑顔で迫ってくる。
その後ろから、面倒くさそうな顔をした宮城先輩もゆっくりと近づいてきていた。
右腕を掴まれて、いとも簡単に背中に隠したスマホが奪われてしまう。
咄嗟に画面をロックできたのが、不幸中の幸いだ。
「ほら、ちゃんとスマホ持ってるじゃん。詩乃ちゃんの嘘つきー」
「そりゃ嘘もつくだろ」
「なんで嘘ついたのー?」
「お前に連絡先知られたくない以外に理由あるか?」
わたしのスマホをいじりだす北村先輩の横で、宮城先輩が呆れたように言う。
というか息を吐くように犯罪まがいのことをしているんですけど。
これ訴えたら勝てるよな、と思いながら、わたしは諦めて好きなだけいじらせることにした。
どうせパスコードは突破できない。
「あ、ロック画面可愛い! ワンコだー。飼ってるの?」
「内緒です」
教える義務も義理もない。
だけどわたしの答えを聞いて、「飼ってるんだー」と先輩は納得したように言う。
正解だから悔しい。
「アイドルとかだったらどうしようって思った」
「二次元の方がヤバくないか」
「確かに! アイドルだったらギリなれるけど、二次元にはなれないもんな」
「いや、アイドルにもなれねぇだろ。つーかなったところでお前を壁紙にはしねぇよ」
壁紙くらい自由にさせてほしい。
好き勝手言い始める先輩たちに、帰ったらロック画面を二次元キャラにしてやろうかと思った。
スマホから顔を上げた北村先輩は、笑顔でわたしに言う。
「パスコード教えて。あ、指紋でもいいよ」
「犯罪です」
「俺らに犯罪とか今更だよねー」
「おまわりさーん!」
改めて、とんでもない人に好かれてしまったものだとげんなりした。
わたしは念のために、指紋登録をしていない左手を出して、先輩を睨みつける。
「返してください」
「うんうん。友達になってくれたら返してあげる」
「なりたくありません」
「えー、ひどーい」
酷いのはどっちだ。
わたしは少し考えてから、奥の手を使うことにする。
「返してくれなかったら、学校でいじめられてるって親に泣きながら訴えて転校しますよ」
「うわ、現実的ー」
そう言いながらも先輩はわたしのスマホを返してくれようとはしなかった。
これでもダメか、とわたしが次の策を講じようとした時だ。
宮城先輩が横から自然に手を伸ばし、北村先輩からわたしのスマホを奪う。
どういうことだ? とわたしも困惑していると、宮城先輩は片手でスマホをわたしに投げ返してきた。
「ほら」
「え、ありがとうございます」
まさか宮城先輩がこっち側についてくれるなんて。
意外な展開に驚きつつも、わたしはギリギリのところでスマホをキャッチした。
ついさっきまでわたしに余裕な表情を見せていた北村先輩は打って変わり、すっかり拗ねてしまって地団太を踏む。
「貴大ー!? この裏切者!」
「この件でお前と手ぇ組んだ覚えないんだけど」
「じゃあ詩乃ちゃんとは手組んだの?」
「別に。ただお前のスタ爆がウザいからこれ以上被害が拡大しないようにしたのと、単純にお前の邪魔をしたいだけ」
「俺なんでこいつと親友やってんだろ……」
「こっちのセリフだわ。つーか勝手に親友にすんな」
本当に、何でこの二人は仲がいいのだろうか。
不思議な二人組だな、とぼんやり眺めていると、宮城先輩がこちらを向いて、呆れたような鬱陶しいような表情で言った。
「もう用ないだろ。さっさと帰れば?」
「もちろん、帰りたいのは山々なんですけど……」
その威圧感に縮こまって声が小さくなりながら、わたしは空を見上げる。
未だ、雨は降り続いていた。
「あ、もしかして傘ないの?」
そう北村先輩に尋ねられて頷くと、何故か先輩は「よっしゃ!」とガッツポーズをした。
「天は俺に味方した!」
「そういう言葉はちゃんと知ってるんだな」
さらりと悪口を言う宮城先輩を無視して、北村先輩はわたしに満面の笑みを向ける。
すごく、嫌な予感しかしない。
「俺、傘あるから送って行ってあげるよ」
ほら、最悪だ。
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