第17話

「詩乃ちゃん、お友達になって!」


ある日の放課後、北村先輩に突然そう言われた。

今更? とも思うし、なりたくなんかない、とも思う。

だけど何か違うような気がして、わたしは「はい?」と聞き返す。


「やってるよね?」


そう言って見せられたのはスマホの画面だった。

そこには緑色のアイコンのメッセージアプリが表示されている。

どうやら、フレンド登録をしたいという意味らしい。


「嫌です」

「えー、何で?」


何でって、何が何でも嫌に決まってる。

この人に連絡先を教えたりなんかしたら一巻の終わりだ。


「スマホ持ってないので」

「嘘だぁ」

「本当です。うち両親厳しくて」

「でも今どきスマホ持ってないのは不便すぎるでしょ」


当然、嘘だ。

スマホは持っているし、そのアプリも使っている。


「ってか親厳しかったら、こんな高校来てなくない?」

「わたしの頭脳が壊滅的、とか」

「詩乃ちゃんに限ってあり得ないよね」


こんなバレる嘘じゃなくて、もっとマシな嘘を吐けばよかった。

それでもわたしは「持ってません」と笑顔でしらを切ることにした。


わたしは鞄の外ポケットに入っているスマホに気づかれないようにしながら先輩と距離を取る。

それに応じて北村先輩も近づいてくるから、結局早歩きの追いかけっこ状態になった。


「なんで連絡先なんて知りたいんですか。そんなことしなくたって、毎日学校で会うじゃないですか」

「あ、メールじゃ愛は伝わらないと思うタイプ? やっぱりちゃんと面と向かって言わないとダメだよねー」

「わたしはそういう話をしているんじゃなくてですね。嫌でも学校で顔を合わせなきゃいけないんだから、何か言いたいことがあるなら会った時、簡潔にお願いしますっていうことです」

「あれ、詩乃ちゃん、そんなに俺に会いに来てほしかったの?」

「耳鼻科に行くことをお勧めしますよ」


気を遣うことをやめて毒を吐いても、先輩はまったく気にする素振りを見せない。

それならば言いたいことをはっきり言った方が、わたしの精神衛生にもずっと良いということが最近分かってきた。


「でもさ、詩乃ちゃん気づいてた? 一日24時間のうち、学校にいるのって半分の12時間もないんだよ? しかも俺たち同じ学年でもクラスでもないから、学校にいても少ししか会えないし。あと週に二日は休みで会えない!」

「さすがの北村先輩でもそのくらいの計算は出来るんですね」

「見直した?」


先輩は自慢げに胸を張るけど、小学生以下と思われていたというところまでは分からないらしい。


「それで十分すぎるじゃないですか。もっと減らしてほしいくらいです」

「ということで、お友達になってよー」

「耳じゃなくて頭の方かな……」


まったく話が通じない。

頭が痛くなってきて、わたしは逃げ回っていた足を止めた。

このままじゃ埒が明かない。


北村先輩の方へ向き直ると、先輩もわたしの目の前で立ち止まり、流れで腰に手を回そうとしてくる。

わたしはその手を振り払いながら口を開いた。


「スマホ持ってないんです。アプリも入れられないんです。だからお友達にはなれません」

「絶対に嘘でしょ」

「本当です」


スマホ持っているところを見られたら終わりだ。

そしたら絶対に何をしてでもフレンド登録されてしまう。


どれだけバレバレの嘘だとしても、この人相手にはこれ以外の方法が思いつかなかった。

先輩は「えー?」と言いながら、右手に持っていたスマホをいじる。


「あ、ソシャゲやってる? 俺、強いからフレンドになったらめっちゃ助けてあげられるよ? 統べてるよ? 一緒にマルチ行こう」

「わたし極めてるので大丈夫です」

「やってるじゃん! スマホ持ってるじゃん!」

「ブラウザ版です」


わたしは出来るだけ申し訳なさそうに見えるような表情を作り、上目遣いで先輩を見つめた。


「ごめんなさい。スマホ持ってたらお友達になりたいんですけど、持ってないのでしょうがないんです」

「じゃあ、PCにアプリ入れたらいいんじゃない? 確か入るはず」

「わたしPCも持ってないんです」

「さっきブラウザ版で遊んでるって言ってた!」


拗ねる先輩に、わたしは笑顔で返す。


「とにかく、無理です」

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